著者:柏原麻実
発行:講談社
『宙のまにまに』第6巻。(物語上)2年目の七夕から2学期が始まるまでの夏が描かれています。7話のうち3話が夏合宿のドラマに割かれています。この3話が朔の心的成長を丹念に追いかけられていて、この成長が後の物語を牽引する伏線になっています。この夏合宿が大きなエポックになりそうです。
夏合宿をきっかけに朔に自信が生まれ、大きく成長していきます。
1つは「好きから始めていいのだ」と気づいたこと。
合宿の前と後とで、セリフに大きな変化が見られます。
合宿前(第37話)
「受験…進路…/自分の進むみち…か…/オレの中にあるものと言えば…/本が好きな自分/それだけでどこまでいけるだろう……」
合宿後(第42話)
「夏休みの終わり…小説を書き始めた/それが今/自分なりに出来ることだと思ったから」
合宿前には、ただ思い悩むだけで「みち」を進むのを逡巡しています。行動を起こせないでいます。これが合宿終了後に一変。「自分なりに出来ること」をすることから始めようという意思が感じられます。その成長を朔自身が感じているようです。この後に続く言葉「この街で今/ぼくは前に進んでいる」が象徴しています。
蛇足ですが、変わったのはセリフだけではありません。合宿中の朔の口元を追うと、自身を持ってからは口角が上がっています。言葉だけを追っていると見逃してしまいそうですが、絵でも成長を表現しているのがわかります。
2つ目は、朔が与えられる側から与える側に変わったこと。
第42話「茜色のメッセージ」は、生徒会長こと琴塚が朔に背中を押され、小説を書くことを決意する話です。見方を変えれば、朔が初めて背中を押す役割を果たした話といえます。第42話以前、朔は背中を押される側でした。しかも、年上の女性ばかりに。ところが、この第42話でようやくレベルが1つ上がりました。
合宿での朔の精神面の成長は1つの新しい可能性を示唆しているように思えます。『ラブひな』になりえるという可能性です。
『ラブひな』は週刊少年マガジンに連載していた赤松健さんの漫画。東大合格を目指す浦島景太郎が女子寮で繰り広げるラブコメです。主人公・浦島景太郎ははじめ情けない男として描かれていました。ところが、物語が進むうちに成長し、頼れる存在になります。その主人公が物語から一旦退場し、代わりにヒロインが情けない存在として描かれ主人公になっていきます。
『ラブひな』の主人公交代劇は、いわば、物語の「延命」措置でした。「主人公の成長物語」という命題があったとき、主人公が成長してしまえば物語は原則として幕を閉じます。恋愛物語とは多少異なる点(※)です。
(※) 「恋愛物語」は原則としてヒーロー・ヒロインがカップルになるのが当初の目的です。目的が果たされば、物語は幕を閉じるのが原則でしょう。成長物語において主人公の成長が果たされたとき、幕を閉じるのと同じです。しかし、恋愛物語の場合には、カップルに破局を思わせる危機を与えてるという試練を与えることができます。そうすることでドラマは盛り上がり、さらに想いの深さ(愛の深さ)を知ることになります。
『宙のまにまに』は「学園物」の宿命として卒業が待ち受けています。物語の時の流れで2年目、ヒロインである美星の卒業は避けられません(留年でもしない限り)。ステレオタイプな考え方をすれば、ヒロインの卒業と同時に幕引きでしょう。けれども、やはりファンとしては少しでも長く連載が続いて欲しいというのが希望なわけで。僕は、この朔の成長が壮大な種まきに感じられるのです。期待をかけすぎでしょうか?
今の話題と関係あるようで、関係ない話です。第37話「夏が来たということは」、後ろから数えて2ページ目に書かれた朔のモノローグが意味深なものに感じませんか?
「けたたましいセミの声と/土のにおいを含んだ空気…/一緒に過ごす最後の夏がはじまろうとしていた――――――――…」
この合宿編、まだまだ見所があります。
合宿初日、1人で鏡材を磨く朔のもとに杏がやってきます。その手には飲み物が2本。一方、合宿最終日には、星を1人見上げる美星のもとに朔がやってきます。その手にはやはり飲み物が2本。ちょっとした相似の関係のようです。
その後の朔と美星が手をつないで空を見上げているシーン。よく見ると美星の服装が変わっています。星見のときの機能性重視の格好ではなく、「単品スカート」。同じコマに書かれたモノローグが朔のものであることから、きっと朔の心象風景なのでしょう。でも、この風景が伝えるものは何でしょう。想像すると、いろいろと頭を駆け巡ります。
それにしても、合宿編3話とも笑が完全にオチ担当になっています。愛すべきいいキャラクターです。柏原さんの愛がこもっています。(他のキャラクターにも、もちろんそのキャラクターに相応しい愛が注がれていますよ。)
「恋愛物語」としての『宙のまにまに』は他の人たちもたくさん感想を書くので、僕がわざわざ書くこともないのでしょうが、これだけは書き残しておきます。
第40話での合宿3日目のこと。花火大会のさなか、2人っきりになる朔と杏。せっかくの2人っきりなのに思惑がすれ違っています。言葉を発しない2人。美星を探してキョロキョロする朔。それに気づいてしまう杏の表情。握手を申し出る杏。がんばれの想いのこもった握手。美星の居所を伝える杏の笑顔。「え!?」と驚く朔にニコッと微笑む杏。
この後、朔の後ろ姿を杏はどんな表情で見送ったのでしょう。描かれていないからこそ、想像が掻き立てられます。
ちなみに6巻の中に同じようなシチュエーションの女の子たちが描かれています。七夕まつりで告発不発に終わった後の姫。美星が心配していたことを野辺山高原で告げた後の小夜。朔を迎えに来たのに遠慮してその場を去ろうとする美星。隠された目元、うつむいた顔、後ろ姿、どれも想像の余地が残されています。女の子たちの憂いや切なさや戸惑いなど、一言で書けない想いが覗けるようです。
『宙のまにまに』が浅くも深くも楽しめるのに気づいてきました。テキスト部分だけ読めば、筋を楽しむことができます。漫画を読むスピードが速い人たちは、このテキスト読みが中心ですよね。それに対し、絵の隅々まで、それこそ、絵で表現されていないところまで想像しながら読むと、さらに深みが増します。読み直すたびに新しい発見があります。
エンターテイメントとしても作品としても両立しているすごさ。感服します。浅さも深さも兼ね備えているのって、同人誌やss(side story/short short)を始めとした同人誌向きだと思うのですが、どうなのでしょう。まだあまり数が出ていないようですが。これから出始めるのでしょうか。
『宙のまにまに』が何巻まで続くかわかりません。2年目の秋・冬を描いて、8巻で終わる。カバー見返しの88星座紹介を見ると、その布石なのではと予感させます。一ファンとしては、少しでも長く読んでいたいというのが偽らざる願いです。作者の柏原さんには体に気をつけながらも、がんばって欲しいものです。
【はみ出し小ネタ】
上の文章に書ききれなかった些細なネタです。おつまみ的にどうぞ。
第36話「七夕想い」
姫が朔にいよいよ想いを告げるのかというシーン。その緊張を破って茂みから登場した江戸川。その登場時の姿が「グリコのマーク」。まさか偶然? いや、きっと、多分意図的に違いない!
○(参考)グリコのマーク
歴代のグリコのマークが見られるサイトです。
http://www.glico.co.jp/kinenkan/goal/goal1.htm
第41話「ナツイチ。」
はるきのお姉さんたちが登場する第41話。長女から順に秋子、小冬、千夏、そして末っ子のはるき。さらに、お母さんの名前が節子。四季そろい踏みです。
ページは変わり、朔が目覚めるシーン。太陽が低い位置にあって、外から「カナカナカナカナ」と鳴き声が聞こえます。ヒグラシの鳴き声ですね。「日暮」と漢字で当てることもあるとおり、夕方に鳴き声をよく聞きます。
※6巻とは関係ありませんが、『月刊星ナビ』で4月号~6月号と、3ヶ月連続で『宙のまにまに』アニメ化の特集記事を組んでいます。特に5月号は柏原さんへのインタビューです。アニメ専門誌より先行して濃い情報が書かれていて、お勧めです。
○柏原麻美さんのサイト「はらっぱ商店街」
http://members.jcom.home.ne.jp/mmk1999/
○アニメ『宙のまにまに』公式サイト
http://www.mmv.co.jp/special/soramani/
○『ラブひな』(11)
上で紹介した赤松健さんの『ラブひな』。主人公が一旦退場する11巻です。
○雑誌『月刊星ナビ』2009年4月号~6月号
『宙のまにまに』アニメ化の情報が掲載されています。
|
▼『宙のまにまに』(6)の購入はこちらから
アマゾン |