2009年11月30日月曜日

『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』

著者:上田惇生
発行:ダイヤモンド社

 

 この『ドラッカー入門』を通読した今、この人物を形容するうまい言葉が見つかりません。どう紹介したら伝わるのか、キーボードを前にして困惑しています。

 ピーター・ファーディナンド・ドラッカー。1909年に誕生。2005年に惜しまれつつ95歳で鬼籍に入りました。生涯にわたって扱ってきたテーマは多岐にわたります。ドラッカーが扱ってきたテーマを本書に書かれたままに引用します。

社会・政治・行政・経済・統計・経営・国際関係・アメリカ・ヨーロッパ・日本・宗教・歴史・哲学・倫理・文学・技術・美術・教育・自己実現
(ixページより引用)

 尋常ならざる守備範囲の広さです。どの分野においても超一流だったといいます。観察力・考察力・表現力に優れ、数多くの著書・論文を生み出す原動力になりました。
 ドラッカーの多才さについて、この本の著者である上田さんは次のように表現しています。

 それら異分野のものが出会い、衝突し、合体し、融合し、爆発していたのが、ドラッカーの頭の中である。
(ixページより引用)

 ドラッカーは自分自身について、規制の学問体系による○○学者という自己規定をしない。いかなる分野も中心に位置づけることを嫌う。あらゆる分野が有機的に絡み合い、あらゆる分野があらゆる分野に関わりを持っているからである。そして、あらゆるものが無数の側面を持っているからである。
(xページより引用)

 ドラッカーが出版した書籍は各国の言語に訳され、どれもベストセラー。会社経営者や社長・経済の専門家といった限られた人物にだけでなく、医者・大学生・NPO職員・政府職員から一般のビジネスパーソンに至るまで愛読されています。
 当然、日本語版も販売されています。ほぼすべての日本語版の翻訳に携わっているのが、この本の著者である上田惇生さんです。ドラッカーのことを語らせたならば、他に右に出る者はいないといいます。

 さて、9月か10月の頃だったでしょうか。『ほぼ日刊イトイ新聞』でこのドラッカーが特集されました。「はじめのドラッカー」という名の特集です。上田惇生さんと糸井重里さんがドッラカーについて語り合ったものです。
 それまでもビジネス雑誌でドラッカーの名前はたびたび目にしていました。しかし、ドラッカーの偉業であるとか、功績であるとか、影響力であるとか、いまいちピンときていませんでした。その理由がこの本のおかげで氷解しました。雑誌の数ページの特集なんかでは、ドラッカーは語り尽くせないのです。ピンとこなかったのも無理はありません。

 『ドッラカー入門』が僕にとってドラッカー初接触となったわけですが、読み終えた今、この本を紹介していたほぼ日の記事に感謝しています。まさに「入門」にふさわしい内容でした。

 ドラッカーをたとえて言えば「名レストラン」です。そこで饗される料理、もとい言論の数々はどれも一流です。どれも名士に愛された折り紙付きの味。しかし、「どれも」というのは初めての客にとっては困惑の材料です。メニューを前に惑うばかりです。
 膨大に立ち並ぶメニューの中から初心者向けのおすすめを紹介しているのが『ドラッカー入門』です。それはまるで良質の「グルメ番組」のようです。
 映し出される名店。おすすめのメニュー。繰り出される巧みなシェフの技。レポーターは料理を口に運び、巧みな言葉でおいしさを表現。こだわりと情熱を伝えたシェフへのインタビュー。付加されるお得情報。興味を持つ視聴者。足は思わず店へ。
 そんなグルメ番組のごとく、『ドラッカー入門』はドラッカーの魅力を伝え、初めての読者を誘うすばらしい本です。しかもただ1つの料理を紹介するだけではなく、いくつもいくつも料理が語られます。ドラッカーの奥深い世界を垣間見ることができ、さらに奥をのぞきたくなる欲求に駆られます。その意味でこの本は「宝の在処を数多く示した地図」であるとも言えます。

 ドッラカーの手がけた仕事があまりに膨大であるために、読者が興味を持つポイントはバラケてしまいます。裏を返せば、どんな読者にとってもドラッカーを活かすことができる、ということでもあります。
 僕自身、強く関心を抱いたのは「知識労働者」に関する記述です。組織内の知識労働者の割合が増加していく世の中にあって、かつての組織のあり方ではたちゆかないことが示されます。知識労働者個人としてのあり方、ならびに、知識労働者を束ねる組織のあり方。そんなことをドラッカーは著書の中で語っているようです。次に向かうべきはその方向と定めています。

 巷にあふれるハウツー本なんかでは味わえない興奮が味わえます。我が身の行動を振り返り、新たに決意や目標が生まれます。知的好奇心が刺激され、自分の中に思考のベースが新たに体系化されます。
 数多くの人にこの興奮を味わってもらいたいものです。おすすめです。


 巻末のドラッカーの著者紹介が壮観です。3~4行ずつで本の内容をまとめてあるので、次に何を読むかを決めるガイドとなります。本文と合わせて参考にするといいと思います。
 僕の目を引いたのは、次の4冊です。

(1) はじめて読むドラッカー〔自己実現編〕
 『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』

(2) はじめて読むドラッカー〔マネジメント編〕
 『チェンジ・リーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』

(3) はじめて読むドラッカー〔社会編〕
 『イノベーターの条件――社会の絆をいかに創造するか』

(4) はじめて読むドラッカー〔技術編〕
 『テクノロジストの条件――ものづくりが文明をつくる』

 早いうちに(1)(2)を読むつもりでいます。読後にはその記録をブログにアップします。

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『お笑い進化論』

著者:井山弘幸
発行:青弓社

 

 お笑い、特に漫才やコントといった舞台やテレビで演じられる笑芸のメカニズムを分析した本です。

 筆者の井山さんがお笑いのメカニズムとして挙げているのは、次の1点に集約されます。
 お笑いの演者は、観客が存在する「現実世界(R世界)」とは異なる「世界」を舞台上に生み出します。現実世界と反するこの世界を「パラレル・ワールド(P世界)」と呼んでいます。観客は少し引いた位置からパラレル・ワールドを眺めます。その距離が近すぎると当事者視点になってしまいます。程良く心理的に離れることで、鳥のような視点で眺められます。そのパラレル・ワールドが現実世界と比較対照されたとき「摩擦」が生じます。その摩擦こそがお笑いのメカニズムです。
 このメカニズムは時に変化します。あるパラレル・ワールドに対して、もう1段階上のメタ・パラレル・ワールドが作られることがあります。はじめのパラレル・ワールドを「P世界1」、メタ・パラレル・ワールドを「P世界2」と呼んで、区別しています。
 「パラレル・ワールド」と「観客との心理的距離」。この2つがお笑いを分析するキーワードです。

 本書の前半で実例を交えながら、こうしたメカニズムを導出しています。導出された後は、ひたすら実例に照らし合わせて理にかなったメカニズムであることが示されます。
 文章でこのようにまとめるとつまらなそうに聞こえるのですが、実際に引き合いに出されるのが「珠玉のお笑い」。決して飽きることはありません。むしろ、もっともっとと要求するようになります。

 その中でも「あるあるネタ」を解説した第4章には納得の連続でした。
 冷静に考えると「あるある」ではないのに、なぜか笑えてしまう。こんなナゾも氷解します。「あるあるネタ」自信が持つ構造に答えがあるのですが……、続きは本書を読んでぜひ感動を味わってください。

 原理とかメカニズムとか仕組みとか、裏に潜むカラクリを説明できないときが済まない人には絶好の1冊です。この『お笑い進化論』を読むと、お笑いの見方が深くなり、お笑いリテラシーが上がることは間違いありません。お笑いに興味があるならば、決して損はさせません。おすすめです。

 それはさておき、こういう文章が国語の入試問題で出題されたら、受験生は喜ぶでしょうね。まあ、緊張に包まれた空間では面食らうだけかもしれませんが。入試問題にふさわしくないのなら、模試で出題してもいいかもしれません。
 全国の国語の先生、チャレンジしてみませんか?

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生活人新書『料理で読むミステリー』

著者:貝谷郁子
発行:NHK出版

 

 著者の貝谷郁子さんは料理研究家でありフードジャーナリストでもあります。料理に関連した本を多数出版しています。料理への造詣が深いのはもちろんのこと、国内外のミステリーも愛好しているとのこと。
 そんな貝谷さんによる著書『料理で読むミステリー』は、海外ミステリーの食事風景にひたすらスポットライトを当てています。その数、26作品。食事の内容から主人公のマメさやいい加減さを読み取ったり、非日常感を感じ取ったりします。

 そんな中、12番目に挙げられているのが、アガサ・クリスティ「ミス・マープル」シリーズより『鏡は横にひび割れて』。添えられた見出しは「元気の素は英国式朝食」。
 沸騰した湯でいれた紅茶、正確に3分45秒間ゆでた卵、きつね色のトースト、添えられたバターとハチミツ。
 『鏡は横にひび割れて』でミス・マープルが食べる朝食の献立です。なんてことのないありふれたメニューですが、「沸騰した湯」「3分45秒」「きつね色」といったディテールが食欲を刺激します。そして、ミス・マープルが朝食を大事にしている様が伺えます。
 全編にわたって、こういった記述が繰り広げられます。

 見所は、ミステリー小説内に登場する料理を再現したレシピです。
 「松の実ライス」「シェリー風味のチキンスープ」「スパニッシュ・オムレツ」「レモンパイ」「ブラックオリーブ入りミートローフ」……といった料理の数々。フィクションで語られた料理が「レシピ」として現実のものになっています。そのレシピを読むだけでも唾液と胃液が湧き出ます。
 なんと、巻末には「料理INDEX」までもが! 著者・貝谷さんの力の入れようが伺えます。(「ミステリー一覧」も同じように巻末に掲載されています。念のため指摘しておきます。)

 貝谷さんのミステリー好き・料理好きぶりが、文字の合間合間からあふれでています。好物に囲まれながらウキウキして書き上げた貝谷さんの姿が浮かびます。
 海外ミステリー好き、料理好きは、ぜひ召し上がるべき、いや手に取るべき本です。

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2009年10月31日土曜日

講談社現代新書『漢字を楽しむ』

著者:阿辻哲治
発行:講談社

 

 読んだり書いたり作ったり……、肩肘張らずに漢字を楽しもうよと提案している本です。
 この本に限らず、阿辻哲治さんは著書の中で「漢字ウンチク」を散りばめて、漢字の楽しさを日頃から啓蒙しています。この『漢字を楽しむ』にもウンチクが散りばめられており、知識欲が満たされる楽しみにあふれています。
 ただ、この本はウンチクを述べるだけで終わらない、強い主張が込められています。

 見所は漢字のトメハネ問題を論じた箇所です。
 例えば、「環」という漢字。《口》の下にのびる《タテボウ》をトメるかハネるかという問題があります。こうしてパソコンや辞書での活字を見ると、間違いなくトメています。それを拠り所にして、「環」の《タテボウ》はトメなければならない、と厳しく指導する先生がいるというのです。
 こんな先生たちに対して、パソコンの活字や辞書の活字がただの目安、むしろデザインの都合でしかないことを丁寧に、かつ見事に喝破しています。

 はじめに示されるのは「環」の漢字の変遷。旧来はハネていたという証拠が並べられます。ところが、ある瞬間、トメられた「環」が生まれます。この誕生はある人が無意識に作り上げた「事件」であることが語られます。その語りは、まるで犯人をじわじわと追いつめる金田一少年のようです。
 そこで誕生した「トメ環」は、守る必要のない「環」でした。必ずしも拘束しない旨が書かれています。ところが、「右へならえ」の悪習で、日本で書かれる「環」の活字がすべてトメに変わっていきます。推理物ならば犯人は言うでしょう、「確かに筋は通っているが、俺がやった証拠がないじゃないか!」と。
 で、ここで提示される証拠。手書き文字で「環」を書くときには、ハネてもトメてもどちらでもかまわないと、(当時の)内閣が公示した文章を持ち出します。証拠を出された犯人。負けを認めるしかありません。

 この「環」を巡るくだりは読みごたえ充分。犯人が追いつめられる様を読むように興奮してきます。
 「環」問題の他にも「書き順」問題も取り上げられます。もちろん、導かれる結論は「書き順なんて指導のためであって、実際のところは自由だ」というものです。

 こうして、阿辻さんは教育現場に蔓延するいきすぎた漢字指導にメスを入れています。その原動力は「漢字は楽しむもの」という想い。楽しむのに阻害となるものは許せないという想いです。
 阿辻さんはその想いを次のように表現しています。

 枝葉の問題に拘泥したあげくに、「漢字は難しいから大嫌いだ」と感じる子どもが増えることだけは、絶対に避けてほしいものだ。
(本文p.149より引用)

 国語の先生に、ぜひ読んでもらいたい本です。特に、トメハネについて厳しい指導を「無自覚」にしている先生にこそ読んでほしい本です。
 また、国語の先生でなくとも、その漢字問題を快刀乱麻に解決する記述を読んでいけば、溜飲が下がるでしょう。いきすぎた漢字指導を受けた経験があればなおさらです。また、所々で語られるウンチクに耳を傾けるのもよいでしょう。
 立場を越えて、万人にお勧めできる1冊です。

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2009年10月25日日曜日

岩波新書『一億三千万人のための小説教室』

著書:高橋源一郎
発行:岩波書店

 

 わたしが、この「小説教室」でやりたかったいちばんのことは、あなたに、ことばというもののすばらしさをもっと知ってもらうことでした。
(「ぐっと短いあとがき」より引用)

 「小説教室」を読んでいるはずなのに、いつのまにやら小説を読んでいる心地がしました。

 タイトルに「小説教室」とありますが、「小説の書き方」を教えてくれるわけではありません。「続きが気になる書き出し」も「ハラハラさせる展開」も「心に残る締めくくり」も教えてはくれません。
 なのに、なぜか、小説が書ける気分が起きてきます。

 本文で語られるのは、「小説の書き方」より、むしろ「小説の読み方」です。いや「小説ガイド」、もしくは「小説観光案内」という方が正しいかもしれません。観光地を紹介するように引用される小説の数々。ただ観光地を羅列するだけでなく、見所をおさえたガイドです。この小説群をガイドと共に読んでいくうちに、今まで培ってきた「小説観」が崩れてきます。いちど徹底的に小説観を崩し、「小説とは何か」というところから再び建て直す。
 言葉にならぬ「小説観」が自分の中に生まれます。それがこの『小説教室』の面白さであり、愉快なところです。

 教えてはくれませんが、間違いなく、この本は「小説“教室”」です。

 本や雑誌、ラジオなど各種メディアで紹介されて興味を持った本です。紹介されるのもうなずけます。紹介することで自分のステータスが上がるような、そんなセンスの良さがあります。「いい仕事をしている隠れた名店を見つけた自分ってスゴイ!」という気分にさせてくれます。
 良質の小説を読むように一気に読めてしまいます。小説を書くつもりがなくても、小説を読むのが好きならば、新しい視点を手に入れるチャンスです。おすすめです。

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『中学時代にしておく50のこと』

著者:中谷彰宏
発行:PHP研究所

 

 「中学生版・生き方指南本」もしくは「中学生版ハックス」といった本です。

 こういう本を手に取るであろう中学生を想像するに、真面目な性格をしているか、自分は周囲の人間とは違うと孤独にさいなまれているか、本の形をしていれば手当たりしだい何でも読むという性格の持ち主か、そういったところではないでしょうか。
 そういう中学生にとっては福音の書になるかもしれません。
 「キミはキミのままでいいんだよ」
とエールを送ってもらえる気分になるからです。

 中学生自身がこの本の存在に気づき、手にとってエールを受け取れれば理想的なのですが、そううまく出会えるとは限らないでしょう。
 だからこそ、悩める中学生に対して周囲の大人がスッと差し出す――それも、絶妙のタイミングで――というのが理想的でしょう。親であるとか教育に携わる大人こそがあらかじめ読んでおく必要がある本だと感じました。

 ああ、ちなみに、大人が読んで面白いかというと、残念ながら大半の大人にとっては退屈すると思います。その点が不満でした。
 大人が読んでも納得できるくらいのものを欲している気がするんですけどね、こういう中学生は。

 なお、『高校時代にしておく50のこと』という本も出版されたようです。こちらも機会があればチェックするつもりです。

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『脳の中の身体地図 ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ』

著者:サンドラ・ブレイクスリー、マシュー・ブレイクスリー
訳者:小松淳子
発行:インターシフト

 パソコンの画面をスクロールしようとマウスを操作する。画面に映った文字を読む。「ふーむ、なるほど」と唸ったり「なんだ、これは!」と腹を立てたりする。コーヒーを飲もうとマグカップに手を伸ばす。あまりの熱さに手を引っ込める。コーヒーの香りと味わいを楽しむ。……。
 どこにでも広がる日常の1コマ。五感で感じ、思考し、行動する。こんなとき、いつでも脳の中の「ボディ・マップ」がはたらいています。

 外部からの刺激と体から発生する反応が起きるたびに、脳の中の特定の箇所に信号が送られています。
 寒いと感じれば、寒さを感じる専用の箇所に信号が送られます。首を回せば、首を回す専用の箇所に信号が送られます。サッカーボールを蹴り出せば、足の筋肉だったり、バランスをとったり、方向を確認したりしている専用の箇所に信号が送られます。
 どんな刺激や反応に対しても、脳の特定の場所に信号が送られます。「刺激・反応」と「脳への刺激」がそれぞれに対応しているのです。刺激・反応と脳の各部位を対応させた「地図」。これが「ボディ・マップ」です。

 ボディ・マップは実にバラエティ豊かです。ボディ・マップと一口で言い切れないくらい多様な種類と役割が当てられています。体表のマップ、筋系のマップ、意図のマップ、行動する能力のマップ、周りの人々の行動と意図を自動的に追跡して列挙するマップなんてのも存在します。

 多様なはたらきをするボディ・マップ。ボディ・マップの考え方を応用すると、以下のような事象・現象が解説できてしまいます。

○レーシング・ゲームで遊んでいて思わず体が傾いてしまう。
○3Dゲームをやっているときに感じる3D酔い。
○「だって、あの子の方が強くぶったんだもん!」という子どもの喧嘩。
○体に触れなくとも、くすぐる真似をするだけで笑ってしまう子ども。
○他人のあくびが移る。
○冷やすと収まる痛み(←実は錯覚)。
○「女の勘」に代表される、他人の嘘を直感で見破る能力。
○効果のない薬(偽薬)であっても、もっともらしく投与することで効き目があるプラシーボ効果。
○実際の練習にも劣らないイメージトレーニングによる効果。
○悲しい映画で主人公に感情移入し、思わず涙する。
○どうしても色眼鏡で物事を判断してしまう。
○好調と不調の波を繰り返しながら新しい技術を身につける。

 これでもほんの一部です。一言で伝えやすい事例から印象深いものだけ並べました。
 こういった事象・現象がボディ・マップで裏付けられてしまうと、いい意味での「あきらめ」が生まれます。ボディ・マップがはたらいているのだから仕方がない、といった感情です。だからこそ、ボディ・マップのはたらきを前提として物を考え、行動を起こすことが可能になります。他人に対して許容できるようになります。
 また、こうした事例を読んでいると、「○○もボディ・マップで説明できるのでは?」と頭が思考を始めます。事例を思い浮かべて検証していきピタッとはまったとき、何とも言えぬ快感を感じます。その快感は普通の読書では味わえない、贅沢なひとときでした。

 すばらしい本なのですが、1点注意があります。それは“痛い”表現がたびたび登場することです。ひどい表現が使われているというのではなく、ホラーとかスプラッタとかの文字通り“痛さ”を感じる表現です。
 文中で病気や怪我の事例がしばしば、むしろ頻繁に登場します。描写が生々しく、読んでいる僕自身、体がムズムズしてきました。生々しい“痛い”表現が苦手な人は、読むのが辛いかもしれません。僕はここで読むスピードがグッと落ちました。
(ちなみに“痛い”表現を読んで痛みを感じるのも、ボディ・マップのせいだとか。)

 DNAの発見は生物学に大きな功績をもたらしました。同様に、ボディ・マップは心理学に大きな功績をもたらすだろうと言われています。ボディ・マップを知ると、心と身体は切り離せない。つまり、互いに影響しあっている存在であることが非常によくわかります。
 この『脳の中の身体地図』では、ボディ・マップを通じて、心と身体の仕組みを紐解いています。
 ボリュームはあるし、専門用語は出てくるし、“痛い”記述があるわで、読み切るのに骨が折れます。それでも、この興奮体験はなかなか味わえるものではありません。「自分だけの秘密を知ってしまった」興奮です。そんな興奮を味わいたいならば、ぜひお勧めの1冊です。

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生活人新書『一滴の血液で体はここまで分かる』

著者:奈良信雄
発行:NHK出版

 

 血液内科学・臨床検査医学を専門とするお医者さんが書いた「血液」解説本です。タイトルの通り、一滴の血液さえあれば、健康状態・生活状況・潜伏中で発症待ちの病などが読み解けてしまうことを解説しています。

 タイトルでは「一滴の血液で~」と煽っていますが、それほど驚きの内容が書いてあるわけではありません。予想の範囲内です。こういった書物を初めて読むならば、物珍しさもあって楽しめるかもしれません。残念ですが、その程度です。

 強いて特徴を挙げるならば、独特の感性で綴られた比喩表現です。

 火事にたとえれば、大火になる前のボヤのうちに火事を発見し、鎮火できるのだ。いや、ボヤさえも予防できる。いわば血液検査は火災検知器なのだ。
(血液検査の重要性を語った文で)

 あたかも一寸法師を飲み込んだ鬼の胃袋がチクチク痛むようなものだ。
(異物を処理する白血球が炎症の原因となることを説明した文で)

 毎日三合の酒を飲み続けることは、肝臓がボディブローを休みなく受けているのと同じことなのだ。どんな強靱な肝臓だって、ヒーヒー悲鳴を上げて泣いているだろう。それを知らないのは当人だけだ。
(「俺の肝臓は強い」と豪語する酒飲みへの警告文で)

 家計を知るのに、ゴミを調べればある程度は推測できるだろう。だが、正確ではあるまい。ゴミを出し忘れることだってある。どこかよそのゴミ箱に捨てるかもしれない。家計を知るには、ゴミを作る大元の収入と支出を家計簿で調べる方が正確だろう。
(尿よりも血液を検査する方が効果的であることを語った文で)

 すべて1章から引用しました。唐突に挟み込まれる比喩にひるみます。しかも、伝えたい内容と比喩表現が若干ずれているのも、また面白さを際立てます。
 この比喩表現は一見の価値ありです。

 最後に不満を1つ。
 医学・健康系統の啓蒙書を読んでいますが、この本に限らずどれもこれも索引が付いていないのが不満です。
 医学を扱う以上、専門用語を登場させなければなりませんし、細かく項目を並べる必要もあります。読んでいる素人の立場からすると「あれ、何だっけ?」ということもしばしば。読者の立場に立ってみれば、索引をつけるのは当たり前だと思うのです。専門家目線の弊害が現れています。
 索引をつける手間。親切ではなく、当然のようにつける慣習が生まれてほしいものです。

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2009年9月27日日曜日

『ダ・ヴィンチ渾身 本気で小説を書きたい人のためのガイドブック』

編著:ダ・ヴィンチ編集部
発行:メディアファクトリー

 

 小説家を目指す人のための指南書です。2003年から2006年にかけて雑誌『ダ・ヴィンチ』に掲載された記事をまとめたものです。

 「小説家指南書」というと、「まずは小説をたくさん読むべし」とか、「書き出しが大事だ」「自分だけの文体があなたの小説の魅力になるのだ」とかいった、定番の「お約束」が並べられているものです。まるでテンプレートでもあるかのように、同じ内容に辟易しさえします。
 ところが、この『本気で小説を書きたい人のための~』はひと味違います。「お約束」も書いてはあるのですが、そんな一般論だけで終わりません。

 本書の最大の特徴は、プロの小説家、書評家、編集者といった小説に関わる人々の生々しい声が収録されていることです。
 現場の生々しい声は他の類書にそう書かれていることではなく、さすが『ダ・ヴィンチ』だと感心せずにはいられません。

 そのラインナップを列挙します。

【小説家】
○わたしがはじめて小説を書いたとき
 金原ひとみ/瀬尾まいこ/滝本竜彦
○わたしはこうして作家になりました
 いしいしんじ/岩井志麻子/浅田次郎/石田衣良/倉坂鬼一郎/
 藤田宜永/藤野千夜/松本侑子/山本文緒
○わたしはなぜ文学賞を目指したのか
 中島たい子/川﨑愛美
○実力派作家が明かす「私の禁じ手」
 高村薫/島田雅彦
○巨匠・筒井康隆の小説作法

【書評家】
○人はなぜ書くのか?
 福田和也/清水良典
○メッタ斬りコンビの新人賞傾向と対策
 大森望×豊﨑由美
○メッタ斬りコンビの新人賞作家ダービー大予想
 大森望×豊﨑由美

【編集者】
○文芸編集者匿名座談会
 よい原稿とダメな原稿はココがちがう!

 「生の声」だけでもこれだけ詰め込まれています。小粒な記事から大粒記事まで取りそろっています。どれも充実の内容です。豪華です。お得感に満ちています。そうそう存在しえるものではありません。

 加えて指摘しておくと、「新人賞」をフォローしているのは、指南書として重要な意味を持っています。つまり、小説を書くためのノウハウだけでなく、プロとしてデビューするための応援を具体的にしてくれているのです。
 その姿勢は、「作家デビューの5つのルート」と表して、1つだけではないデビューの方法を列挙していることにも表れています。

 繰り返しますが、さすが『ダ・ヴィンチ』!と思うのです。

 この本に掲載されている数々の「べからず」を読むだけでも、勉強になります。「小説」という枠だけでなく、「表現」を生業とする人には参考になること間違いありません。
 小説家指南書としてぜひ読んでおきたい1冊です。普通の指南書に飽き飽きしている人にもお勧めです。

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ブルーバックス『「食べもの神話」の落とし穴』

著者:高橋久仁子
発行:講談社

 

「○○の驚異的なダイエット効果!」
「○○を1日に1粒摂取するだけで健康な体が保てます!」
「○○を飲んでサラサラ血液になろう!」

 テレビやCM、雑誌などを見ると、上のような広告をしばしば目にします。科学的な裏付けがあるものから、眉唾なものまで玉石混交です。
 食べ物や栄養素による健康・美容への影響を過大に評価したり、過大に誇示、または過大に信奉したりする態度(逆に過小する場合も有)を「フードファディズム(food faddism)」と呼びます。
 この本は、世にはびこる「フードファディズム」に警鐘を鳴らした本です。

 ここに告白します。
 この本の読み始め、最悪の印象を抱いていました。3分の2、ないしは4分の3くらいまでは、読むのやめてしまおうかと迷っていました。でも、イライラしながらも読みました。
 この本に書かれているのは、「フードファディズム」に陥らないように啓蒙する内容です。当然、世の中に出回る「フードファディズム」を槍玉に挙げ、それを否定しています。
 この「槍玉に挙げて否定してみせる」態度が問題なのです。その態度はあたかも「モグラたたき」。ただただ「こんなの根拠がありません」と叫ぶ――穴から出てくるモグラを虎視眈々と狙い、片っ端からハンマーでたたく――姿が、滑稽にしか映らなかったのです。

 その滑稽さは「素人っぽく」見えてしまう書き方に起因しています。
 「フードファディズム」を否定することは、「バランスのよい食事を摂る」ことに帰着します。至極真っ当な結論です。特別でも何でもない誰でも思いつく結論です。この結論に着地するためには他の尖った部分――フードファディズム――を攻撃すればいい。当然の発想です。
 誰でも思いつきそうな発想を何の工夫もなくやってみせる。これが「素人っぽく」見えてしまうのです。
 しかも質が悪いのが、論じている内容は「世の中の事象を否定する」ことだけ。否定して攻撃するだけならば何も生み出していません。そこには創造がありません。その創造性のなさが、なお一層「素人っぽさ」を際立せます。

 さらにダメ押しのように印象を悪くしている要素が存在します。それは論拠を書いていないこと。
 「○○は体にいい」なんて言っている輩がいるけど、そんなの幻想! ○○だけで健康になれるなんてありえない!――ずっとこの調子です。「ありえない」とはさすがに書いてはいませんが、語気はこんな調子。「素人っぽさ」丸出しです。

 最後の最後になって、この「素人っぽさ」は誤解であることがわかります。むしろ、玄人が過ぎている印象を受けました。

 著者の高橋さんは、「フードファディズム」と疑わしき広告をかつてより収集しているそうです。本書の後半に、昭和60年代からの、いわゆる「○○ダイエット」と呼ばれるダイエット法が列挙されています。その数、なんと148種類!
 数にも驚きますが、収集してみせる執念にも驚きます。
 こういったダイエット法に対して、その広告主や提唱者に電話問い合わせをした様子が描かれています。広告で語らざる部分にカラクリがあることを明確に暴いています。

 また、「フードファディズム」ではない、「バランスのよい食事」を例示しています。具体的なデータを挙げながら、作例の注意点を丁寧に解説しています。
 これは実に創造的な仕事です。

 世の中の「フードファディズム」は、効果が疑わしく根拠もない。著者の高橋さんにとって、この結論は、長年にわたる調査と研究で到達したからこそ揺らぎないものなのでしょう。
 長い年月をかけて到達したからこそ、その途中の課程が省略されて、結論にショートカットできてしまう。「素人っぽさ」あふれる書き方は、実は玄人の技なのでした。
 数学における証明で、数学者が「明らかに……」「同様にして……」と書いてしまう感覚と似ているのかもしれません。プロの数学者にとっては「明らかに」「同様にして」ショートカットできるのです。

 調査しているのか、論拠はあるのか。そういった疑念を抱きながらこの本を読む必要はなさそうです。玄人の技に裏打ちされています。大丈夫です。安心して読んで構いません。
(だからといって、すべてを鵜呑みにしていいわけではありません。充分調査済みなのだけど、首をひねりたくなる結論も見受けられました)
 とはいっても、読み手に優しい書き方はあるはず。著者である高橋さんには、次回作では、読み手を不安にさせない書き方をしていただければと思います。一読者からのささやかな願いです。

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