2009年6月24日水曜日

ちくま学芸文庫『πの歴史』

著者:ペートル・ベックマン
訳者:田尾陽一、清水韶光
発行:筑摩書房

 

 日本語版の初版が1973年というこの本。元々は『A History of π』(Petr Beckmann・著)として1971年にアメリカで発行されたものです。

 前書きにこのような文があります。

 私は歴史学者でもなければ、数学者でもない。だから私は、この物語を書くのにもっともふさわしいと強く感じたのである。(p.9より引用)
 このことから判断できるとおり、著者は数学を専門としていません。それがこの本の魅力でもあり、同時に欠点でもあります。
 魅力は何か。専門家ではないからこその脱線が楽しいのです。脱線というと語弊があるかもしれません。物語の幅が大胆に広く描かれている、と表現した方が適切かもしれません。
 欠点は何か。まどろっこしい証明や説明がたびたび登場するところです。そのかったるしさに「イラッ」とすることもあります。とんでもない間違いもあります(全体の文意を損なうほどのものでもありませんが、数学的に誤りがあるという程度です)。まあ、それにツッコミながら読むのも、またいいのかもしれませんが。

 『πの歴史』のタイトルにふさわしい内容です。数(数学)の萌芽から、古代文明における円周率の発見、ギリシア人の格闘、中世ヨーロッパの暗黒時代、偉大な数学者たちの登場、連分数展開や級数によるπの表現、無理数・超越数としてのπ、コンピュータによるπの計算、とπの歴史が順を追って追いかけられるようになっています。
 「πの歴史」は数学の歴史であるのと同時に、人類の歴史でもあります。もちろん数学の歴史のすべて、人類の歴史のすべて、などと大言壮語を語るつもりはありません。歴史の一側面です。これはまさに、「πの歴史は、人類の歴史をうつしだすちいさな鏡である」という「まえがき」冒頭の文が端的に表しています。

 コンピュータは人間の組んだプログラム通りにしか働かない、いわば、融通の利かない、知性のない(より正確に書けば、知性のなかった)装置であることを解説した上で、次のような言葉が続きます。心をつかんだ言葉です。

 私の言葉でいうならば、知性とは“新しい状況に適応する能力、あるいは、経験から学ぶ能力;すなわち、複雑な物事から本質的な要素をつかみとる固有の能力”である。(p.308より引用)
 新しいことを経験すること。これが知性に求められる「前提条件」です。その対極となる行動、例えば、「未知のモノをパスする」「決められたことしかやらない」「自分の知っている世界だけでぬるま湯につかる」「自分の意にそぐわないことには見向きもしない」。こんな行動は「知性ある行動」の前提すらクリアしない行動であるわけです。
 食わず嫌いをやめて、まずは試してみる。何事にもチャレンジして、そこから教訓を得る。ここから知性が生まれてくる。読んでしまえば当たり前のようですが、僕にとっては考えさせられた言葉でした。

 この『πの歴史』、専門家ではない外野から見た知己に富んでいます。数学の歴史を学ぶだけでなく、他にも考えさせられるヒントが詰まった本です。数学好きにしか見向きされにくい本でしょうが、そんな人が自身の世界の幅を広げるのにふさわしい1冊です。数学好きにおすすめしたい本です。

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アスキー新書『戦略PR 空気をつくる。世論を売る。』

著者:本田哲也
発行:アスキー・メディアワークス

   

 一流の売り手はここまで考えているのかと感心しました。

 モノやサービスなどの商品情報。インターネットでちょっと検索すれば、(誤解やゴシップ、誇大妄想も含めて)情報が簡単に手に入ります。複数の商品を比較・吟味の後ようやく購入に踏み切る(ことが手軽に可能になった)のです。「疑い深い消費者」の登場です。
 そんな中で「売れる商品」を意図的に作るのは難しいものです。

 著者である本田哲也さんは「戦略PRプランナー」として活躍している方です。
 本田さんは、商品の価値を訴える「広告」を打つ前に、商品のニーズを喚起する「PR」が必要だと述べています。この広告の前の段階のPRを「空気づくり」と呼んでおり、その空気づくりで促された消費者の認識を「カジュアル世論」と呼んでいます。つまり、「カジュアル世論」は、自然発生的ではなく意図的に作られた「空気」です。

 この本にはカジュアル世論の例が書かれています。永谷園の生姜シリーズ、部屋干し用洗剤、漢検DSシリーズ。実態調査から関心の矛先を探り、それに見合ってテーマを定めます。テーマにしたがって、気付いていなかったニーズを掘り起こし「カジュアル世論」を喚起します。そんな空気の中、広告を打つことで商品への魅力を高める。こんな事例が丁寧に書かれています。

 そんな中でも特に印象の強い事例が、オバマ現アメリカ大統領の選挙PRです。以下、引用します。

 彼ら(=オバマの戦略PRプランナー)はまず、「多くの人々が、アメリカ国民としての『誇り』は失っていないが、『自信』を失っている」という状況分析を、大規模な調査から導き出した。このことから、「自信を取り戻すには何かを変えなきゃ」という空気、「変化が必要」という世論を喚起することを決めた。そして、オバマを「その変革ができる人」として位置づけるという作戦だ。ここから、「Change」というキャッチフレーズが生まれた。この作戦は見事というしかないだろう。なぜなら、この方向にしたことで、「黒人」「経験不足」などの、ともすると不利に働きかねない要素を、逆に「差別化点」に変えてしまったからだ。「変化が必要」という空気が広がれば広がるほど、「Experience(経験)」を売りにしていたクリントンやマケインが劣勢になる仕組みだ。

 太平洋の向こうの国の水面下で、こんな壮大なPR戦略が行われていたというのです。「オバマ」という商品価値を高め、最大限売り込むための戦略。「見事」以外の言葉が見つかりません。

 説得して理解を求めるのではなく、共感を呼び納得してもらう。これが「空気を作り選んでもらう」ということなのだろうと思います。

 この本には、成功事例だけが並んでいるわけではありません。現代の消費者に対する考察、広告・PRとは何か、カジュアル世論を作るための技術についても解説されています。戦略PRに失敗した要因もまとめられています。

 広告業に携わる人だけでなく、営業マンや売場で直接的に消費者に販売している人、こんな人たちにもヒントになる本です。「戦略PR」の存在を知り、活用しようという姿勢がますます求められるようになるでしょう。
 この本は、そんな人たちへの指針となります。


○『明日の広告』
 本書で触れられている関連本。僕はまだ読んでいないのですが、触発されて読みたいと考えている本です。

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光文社新書『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字〈上〉』

著者:山田真哉
発行:光文社

 

 会計士、山田真哉さんの有名な1冊です。
 以前に『女子大生会計士の事件簿』シリーズを読んでいて、ミリオンセラーにもなった『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』も読んでいました。そこからかなりの時を隔てて、山田真哉さんの本を手に取ることになりました。
 正直な話、これだけ売れている本だから、いつでも手に入るだろうと手を付けないでいました。古くなってしまった本が本屋から消えていく現象を見ていると、読む順番を気にしてしまいます。タイミングが来たら読もう、ぐらいの構えでいました。

 この本で伝えられていることは「数字の力」です。ダイナミックな意味を持つ数字の力と、無機質な数字が醸し出す数字の力を解説しています。
 ビジネス雑誌で山田さんのインタビュー記事を読んだことがある人にとっては、おなじみの内容でした。タネを知っているマジックを見る思いでした。きっと僕みたいな人は少数派で、タネさえ割れていなければ興奮しながら読めるのではないかと思います。

 そんな僕が一番印象づけられたのは「あとがき」(※)でした。
 何でも前著『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の帯に「1時間で読めて効果は一生」と書かれていたのにも関わらず、1時間で読み切れないというツッコミが寄せられたそうです。そこで、この『食い逃げされても……』では、本当に1時間で読めるように心を砕いたというのです。
 新書というと2時間程度で読み切るのが目安ではないかと考えています。それにも関わらず、「1時間で読めて~」というのはアピールになったのでしょうか? 結果として大ベストセラーになったのですから、効果はあったのかもしれませんが、「新書が1時間で読める」という謳い文句には違和感を抱きます。
 この後、下巻に続きます。そちらはまだ読んでいなせん。読んでない時点でいい加減なことを書くのもどうかと思いますが、上下巻で2時間程度の分量なのではと勘ぐってしまうのは僕だけでしょうか? 図書館で借りて読んでいる僕にはあまり関係のない話ですが。

(※) 本当は「あとがき」ではないのですが、ネタバレになりかねないので、ここでは単に「あとがき」としておきます。

 近々、下巻も手に入れて読むつもりでいます。下巻のタイトルから察するにサプライズがあるのではと期待しています。楽しみです。


○山田真哉さんの本
 上でもタイトルを挙げた『女子大生会計士の事件簿』(1)~(6)と『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』です。

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2009年5月23日土曜日

生活人新書『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』

著者:矢島裕紀彦
発行:日本放送出版協会

 

 先日読んだ『よりぬき読書相談室 どすこい幕の内編』で紹介されているのを読み、この本の存在を知りました。

 国語や歴史の授業で登場する文豪たちとスポーツの関係が記されています。タイトルにもあるように、『坊っちゃん』『吾輩は猫である』の夏目漱石は学生時代、器械体操が得意だったというのです。『堕落論』の坂口安吾はハイジャンプ競技でインターミドル全国大会を優勝しているというのです。そんな意外なエピソードが25編収められています。
 その筋の人にはおなじみなのかもしれませんが、個人的には「三島由紀夫とボディビル」のエピソードにグッときました。

 文豪と呼ばれる作家たちとスポーツの関係の意外性が面白いのです。あんな重苦しい小説を書いているのに、オフでは体を動かしていた。そのギャップがたまらないのです。今も昔も生活にメリハリを持ち、バランスよく暮らさなければならないのには変わらない。そんな当たり前のことに気づかされます。

 この本を読むと、文豪たちに対する意識が変わります。どこからか親近感が沸きます。国語(特に文学史)が嫌いな生徒に読ませると興味を抱くかもしれません。その子が体育会系ならなおさら効果を発揮する可能性があります。国語の先生にとっても授業中に話すネタにもなります。
 各作家の解説が丁寧に書かれているのもポイントが高いです。資料集などに掲載されているような下手な解説なんかより、この本の方がよっぽどわかりやすくまとめられています。

 作家たちがスポーツに励む姿が想像できるのも、筆者・矢島裕紀彦さんの筆の力なのでしょう。素朴だけどもいい本です。すべての人が興味を持つとは限らないけれども、誰が呼んでも楽しめる懐の深さがあります。興味を持った人はぜひ手にとって欲しい1冊です。


○Web本の雑誌より読書相談室 「いろいろな作家の面白いエピソード」
 本に掲載されていた質問へのリンクです。質問2006/03/05~回答2006/03/18のところにあります。ページ後半の方にあります。
 http://www.webdoku.jp/soudan/answer/view_date.php?date=2006/03/18

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2009年5月22日金曜日

『漫画の時間』

著者:いしかわじゅん
発行:晶文社

 
※左はソフトカバー版、右は文庫版

 漫画家いしかわじゅんさんによる漫画書評本です。100の書評の中に100以上の漫画が扱われています。

 この本の中で、「そうだよなあ」と感じ入ったのは次の文です。

 このへん、個人的な好みなのだが、ぼくは、悪人の出てこないハッピーエンドの話が一番好きだ。読むのも好きだし、自分でもそういうものしか描かない。
( …中略… )辛い物語を好きな人は、それを読めばいい。ぼくは、いい人の出てくる楽しい話が好きなのだ。
(p.91より引用)

 僕もまったく同じです。辛い話を読むと、自分まで辛い気持ちになってしまうのです。ヒドイときには、辛いのに我慢できなくなって読んでいる漫画を閉じてしまうこともあります。まるで怖い絵本を読んでいる子供のようで、なさけないのですが。『図書館戦争』シリーズの有川浩さんが語る「登場人物が全力で幸せを追い求める」のが一番好みです。

 ここで引用した例に限らず、この本の中にはいしかわさんの漫画に対する愛があふれています。100冊近い漫画雑誌のほとんどの漫画に眼を通すといいます。主だったものも、ヘタなのも、うまいものも、妙な絵柄なのも、変わったストーリーのものも、時間のある限り読むと本文で述べています。

 多数の漫画を読んでいるいしかわさんだけあって、漫画に対するこだわりは相当なものです。本文の中からそのこだわりが滲み出ています。少し残念だなと思うのが、こだわっているのはよくわかるのですが、こだわりの中身がいまいち伝わりにくいのです。
 その原因はいくつかあるでしょう。一番大きいのは、いしかわさんの織り成す文体でしょう。上から目線であったり、棘のある攻撃的な書き方だったり。中身を読み解く前に、文体で引いてしまう人もいるかと思います。実に残念なことです。
 他に考えられる原因は、自分の常識は世間の常識と見なしてしまっていることでしょうか。表現を改めれば、自分の前提は世間でも同じ前提を持っているということでしょう。

 上手な漫画読みになるための簡単な方法がある、と言います。その方法とは〈うまい絵〉〈うまい漫画〉をたくさん読むことだ、と言います。では、〈うまい絵〉〈うまい漫画〉とは何か。5つの項目に分けて説明しています。その項目を列挙します。

一.オリジナリティを見ろ
二.工夫を見ろ
三.手抜きを見ろ
四.洋服を見ろ
五.動きを見ろ

 項目だけ見ても、本文を読んでみても、わかったようなわからないような気分になります。その理由は簡単で、漫画をたくさん読んでいる人には納得できるのでしょうが、そうでない人には「ふ~ん」と思ってしまうのです。大前提である「たくさん読む」ことが大きな壁になっています。
 この話、『文章読本さん江』で著者の斉藤美奈子さんが指摘していたことにもつながります。数々の文章読本で「美文・名文を読め」と指示しているけれども、「美文・名文とは何か」に答えている文章読本はないそうです。それらしき表現を探しても「読者が気に入ったものが美文・名文なのだ」のようなものに落ち着いてしまっているそうです。

 この本のターゲットがどこに向けられているのかはわかりません。僕のようにそこまで多く漫画を読まない人にとっては「ふ~ん、こんな漫画もあるんだ」という気分になります。けれども、この本で石川さんが伝えたいことを受け止められているかといえば、自信がありません。読書量が違うからでしょう。その意味において、この『漫画の時間』は「漫画読みにとっての究極の漫画評論」なんだなあと思ったのでした。手垢のついた表現をすれば「漫画読みの漫画読みによる漫画読みのための漫画評論」です。

 好みは分かれるでしょうが、漫画好きならば手に取る価値がある1冊です。文体で気になるところがあっても我慢して読めば、漫画の読み方に対する視野が開けてくるかと思います。


○『漫画ノート』『秘密の本棚』
 いしかわじゅんさんによる漫画書評です。

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アフタヌーン新書『オタク成金』

著者:あかほりさとる、天野由貴
発行:講談社

 

 想像以上に面白い本でした。

 立ち寄った本屋で偶然眼に留まり、手にとってパラパラ読み始めたら、そのまま夢中になって、気がついたら第一章を読み切っていました。それだけ没頭させる力がこの『オタク成金』にはあります。
 正直『月刊アフタヌーン』で宣伝を見たときには、まったく興味が沸きませんでした。宣伝の淡白さと本書の力強さがまったく噛み合っていない(不名誉な)例だろうと思います。

 この『オタク成金』は、小説家であり脚本家であり漫画原作者であるあかほりさんの栄光を描いたものです。けれども、栄光だけではありません。2度にわたる挫折。そして、挫折という谷底からの復活を描いたものです。

 この本にはあかほりさんの栄光の秘密が赤裸々に書かれています。その秘密は「自分は才能で一番にはなれない」と見切って「戦略」で勝負を仕掛けたことにあります。
 あかほりさんがとった戦略を列挙してみます。

▼エンタメ・物書きは「サービス業」と割り切って、読者への愛をわかりやすく伝えなければならない。けれども、「ご機嫌うかがい」や「媚び」ではいけない。
▼サービスするには、読者が何を望んでいるかを知らなくてはならない。
▼本を読む層はクラス40人の生徒のうちわずか5人。本を読まない35人に売り込むために、誰にでも読める「ライトノベル」(※1)の文体を開発した。
▼一部の原作者や会社だけが儲けるのではなく、皆が儲かるメディアミックスの形を作った。このメディアミックスの手法は知らない人に広く知らせるのに貢献した。(※2)
▼生き残るためには新しいことを続けなければいけない。ここでいう「新しさ」とは、従来のターゲットの外からこちら側の業界へ誘導するためのモノである。
▼毎月本を刊行して常に平積みされる状態を作った。本屋に本が並んでいるのも広告であるという観点。
▼誰かにモノを習うことは、技術を学ぶ以上の価値がある。それは「時間」を買うことと「人脈」を買うこと。けれども、「本質」は買うことができない。
▼自分のことを叱ってくれる人は貴重。
▼「いつか一緒に仕事しましょう」と編集者に誘われて、翌日に企画書を持っていった。チャンスがあったら即行動。

(※1) 今、出版されているライトノベルは状況が違うようです。SF化・マイナー化・新本格化が進み、「40人中の5人のための小説」になってしまっているそうです。
(※2) 従来は、マンガor小説を原作としてそこからアニメ・ゲームを作る「トップダウン式」で、派生のアニメ・ゲームがヒットしても、原作のマンガor小説しか潤わないものでした。

 エッセンスをかなり絞り込みました。本書ではライトノベルの書き方にも大きくページを割いているのですが、ここでは割愛します。(マンガ・アニメ・小説・ゲームなどの原作や脚本に関わる人には絶対にお勧めの内容です!)
 あかほりさんが追求してきたことは「普通をしない」ということでしょう。周囲と同じことをしたのでは、生き馬の目を抜くような厳しい業界では生き残れません。生存競争に勝ち抜くための手段が、このような「普通ではない」活動に行き着いたのでしょう。
 同時に、業界全体に目を配る姿勢があったことも付け加えなければなりません。自分1人だけ旨みを取るのではなく、関わる人にすべてに旨みを共有する。それが次への活力を生み出すことをわかっているのです。Win-Winの発想です。

 この業界で20年近く生き抜いてきたあかほりさんだからこその説得力のある言葉です。そんなあかほりさんから発せられる言葉。ときに魂からの熱いメッセージがこめられます。しびれるものがあります。

 だってこの業界、努力はして当たり前だから。努力で差がつくなんて、そんなこと思っちゃいけねぇんだよ。(p.93)

 作家には“こういう子を書きたい”“この子、こんなに可愛く書きたい”っていう、欲望が大事なんだから。(p.97)

 エンタメってのは基本的に儲からなきゃダメなんだよ。なんでか。
 お金持ちになれないから? 売れなきゃ貧乏するから?
 違うんだよ! それは、この業界でずっと喰っていくためなんだよ。
(p.172)

 モノを作る人間が評価されなかったら、それはクリエイターじゃなくて、ただモノを作っているだけの人間だよ。(p.175)

 映画人がハリウッドに憧れるように、漫画の世界では、日本がハリウッドなのよ!
 だから俺、感動したのよ! そうか、俺、ハリウッドで働いているんだ、と。
(p.193)

 本文をずっと読んできて、あかほりさんの「あとがき」を読み、天野さんの「あとがき」を読み、残り1ページを残すだけになって「あぁ、あかほりさとるさんって、こんなにカッコイイ人だったんだ」と再認識していました。で、最後の1ページをめくったら、天野さんも「あかほりさんは、日々自分自身と戦う、カッコイイオタクでした。」と同じことを書いています!
 これにはびっくりしました。感覚というか認識というかがシンクロしたようで、むず痒いような恥ずかしいような不思議な気分でした。

 あかほりさとるさんの「すごさ」と「カッコよさ」を引き出したのは、天野さん手腕によるところが大きいです。天野由紀さんがインタビューする形をとった、というのが、大アタリだったように思えるのです。
 あかほりさとるさんは「オタク」。その一方、天野さんはオタクとは対極の位置にいます。オタクに対する知識も素養もありません。むしろオタクを色眼鏡で見ている、まあ、いわゆる「一般ピープル」。オタク言語に無縁の一般ピープル代表の天野さんがあかほりさんのオタク言語を「翻訳」しながら、時に「ツッコミ」ながら、話が展開されていきます。
 そんな天野さんがあかほりさんの話を聞きながら、オタクに対する誤解を解いていき、オタクに対する見方を変えていきます。天野さんが理解していくペースで本が展開されていきます。その理解テンポを読者が追体験でき、非常に読みいいものに仕上がっています。

 「何も知らなかった」からこそ「わかりやすい本」になった好例です。
 勉強しながら、その理解テンポをリアルタイムで再現することで初心者に優しい本になるんですね。これって、解説書(参考書、初学者用の本、……etc)に応用できるテクニックになりえるかもしれません。

 エンタメ業界の人だけでなく、一般のビジネスパーソンも学ぶことは多い本です。「オタク」という言葉に色眼鏡を持つことなく、ぜひ手にとって欲しい本です。


【追記】
 ネットにアップされた『オタク成金』の感想を読んできました。
 正直言えば、「読める人」と「読めない人」の差があまりにも大きいのに愕然としました。
 言葉単位、文節単位で文意をすくい取ろうとして、筋違いな勘違いをしている「読めない人」が多いのですね。布石とか伏線とか台無しです。そもそも読んでいない人も多そうですし。何というか、この本で描かれている「プライド高き弱いオタク」の姿がはからずも再現されていて、なんとも滑稽でした。
 「40人中35人」に届けるのって難しいですね。

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手書きポップを作ります!

 ちょっとした思い付きです。これから読んだ本のポップを勝手に作り、勝手にアップしようと企んでいます。(「企む」なんて書くと大げさですが……)
 誰かに頼まれたわけでもなく、ただただ作ってみたい。動機はそれだけです。

 限られたスペースでどう魅力を伝えていくのか、腕がなります。ちょっとした修行のつもりで続けていければと考えています。どうぞよしなにお願いいたします。

2009年5月17日日曜日

カッパブックス『ブルボン小林の末端通信 Web生活を楽にする66のヒント』

著者:ブルボン小林
発行:光文社

 何冊も読んできたブルボン小林さんの本です。けれども、ここの備忘録ブログに記録を残してからは初めてのようです。
 今回読んだのは『ブルボン小林の末端通信 Web生活を楽にする66のヒント』。裏表紙の裏(出版用語で言うところの「表3」かな?)には「本書は初の単行本」と記されています。1972年生まれで、2003年発行とあります。31歳のときの著書ということになりますね。

 僕は先日30歳になったばかり。僕にはこれだけのことが書けるかといえば。というより、これだけの観察眼を持っているか。答えは「否」。この頃からすでにブルボン小林さんには、独特の眼と独特の切り口を持っていたんですね。こんなことを改めて感じました。

 タイトルに「ブルボン小林の」と自身の名前を入れているのも戦略なのでしょう。自分の名前をいかに売るか。手っ取り早いのが、コラムのタイトルや書名に自分の名前を入れてしまうこと。今までのブルボン小林さんの著作やコラムのタイトルを見ると、過去のものほど名前が入っている割合が高いような気がします。偶然なのかもしれませんが、結果的には戦略的にうまくいっている気がします。いかんせんインパクトのある名前ですし。
 そういえば、この本を読むと、ブルボン小林さんの名前の由来がわかります。

 思い出したかのように本の内容について触れますが、一言で表せば「ヒント」です。基本的なスタンスが「どこでもいつでも僕はくだらない話をしていると思います」(「おわりに」より)なのでしょう。実用書のはずなのに実用性はありません。タイトルに「Web生活を楽にする」なんてありますが、あまり楽になった気分はしません。だからといって価値がないわけではなく、充分に面白いのです。だから、いいのです(なんか「これで、いいのだ!」みたいな表現です)。

 古い本なので書店では見つけづらいかもしれません。図書館や古本屋の方が発見は早いでしょう。くだらなさを楽しめる人にはぜひ読んで欲しい1冊です。


■自分の読書記録よりブルボン小林(長嶋有)さんの本

○『電化製品列伝』(長嶋有・名義)
 小説(など)に登場する電化製品に注目した、長嶋有さんによる世にも珍しい書評です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_04_01_archive.html#1481613097179981111

○『ぼくは落ち着きがない』(長嶋有・名義)
 高校の図書部に所属している主人公・中山望美が他の部員と過ごす学校生活を描いた小説です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#3142205083152618921

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2009年5月16日土曜日

新潮新書『政党崩壊 永田町の失われた十年』

著者:伊藤惇夫
発行:新潮社

 衆議院選挙の足音が聞こえてくるようになって、政局がバタついているようです。バタついているのもわかるし、現象として起きていることもわかるのですが、いまいち納得できない。そんな思いがニュースの報道を見ていると沸き起こります。結局この人たちは何を考えていて、何を目指しているのか。そんな問いが頭の中から離れません。

 この状況を打開するには、歴史から学ぶのがいいのではと直感的に思ったのです。本当に直感でした。そこで図書館に行き、手に取ったのがこの本。
 自民党、新進党、太陽党、民政党、民主党と渡り歩き、政界の裏舞台で活躍した方が書いています。激動の新党ラッシュの頃に、政治の世界に身を置いた方です。迫力がありました。

 本の内容は大雑把に書けば「平成政治史 ~政党編」といったところです。リクルート事件を端緒とする政局のゴタゴタ。当時、僕は小学生~中学生だったので、政治にあまり興味を抱くことなく過ごしていました。その頃に起きたことが、この本では丁寧に解説されています。しかも、ただ事件を追いかけるだけではありません。政党に、そして、人物にスポットを当てて書いているからこそ、臨場感が生まれています。ただのルポで終わらない生々しさがあります。

 僕はこの本を読みながら、自前で年表を作りました。巻末にも年表がついているのですが、総覧的で僕には使いこなせなかったのです。スポット・スポットだけ抜き出しながら年表を作る作業は思いの外楽しめました。年表を作りながら、ああこの頃、自分は○歳だったのだな、なんて当時を振り返ったりもしました。

 勉強になりました。政治に興味はあるけれど、なんだかよくわからないという人にお勧めです。当時の人物の気持ち・考えを追いかけていくだけでも充分楽しめます。
 2003年発行ということもあり、小泉内閣がもたらしたものについては書かれていません。次の課題なのかなと考えています。同時に伊藤惇夫さんの著書も追いかけてみたいです。

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『宙のまにまに』(6)

著者:柏原麻実
発行:講談社

 『宙のまにまに』第6巻。(物語上)2年目の七夕から2学期が始まるまでの夏が描かれています。7話のうち3話が夏合宿のドラマに割かれています。この3話が朔の心的成長を丹念に追いかけられていて、この成長が後の物語を牽引する伏線になっています。この夏合宿が大きなエポックになりそうです。

 夏合宿をきっかけに朔に自信が生まれ、大きく成長していきます。

 1つは「好きから始めていいのだ」と気づいたこと。
 合宿の前と後とで、セリフに大きな変化が見られます。

合宿前(第37話)
受験…進路…自分の進むみち…か…オレの中にあるものと言えば…本が好きな自分それだけでどこまでいけるだろう……

合宿後(第42話)
夏休みの終わり…小説を書き始めたそれが今自分なりに出来ることだと思ったから

 合宿前には、ただ思い悩むだけで「みち」を進むのを逡巡しています。行動を起こせないでいます。これが合宿終了後に一変。「自分なりに出来ること」をすることから始めようという意思が感じられます。その成長を朔自身が感じているようです。この後に続く言葉「この街で今ぼくは前に進んでいる」が象徴しています。
 蛇足ですが、変わったのはセリフだけではありません。合宿中の朔の口元を追うと、自身を持ってからは口角が上がっています。言葉だけを追っていると見逃してしまいそうですが、絵でも成長を表現しているのがわかります。

 2つ目は、朔が与えられる側から与える側に変わったこと。
 第42話「茜色のメッセージ」は、生徒会長こと琴塚が朔に背中を押され、小説を書くことを決意する話です。見方を変えれば、朔が初めて背中を押す役割を果たした話といえます。第42話以前、朔は背中を押される側でした。しかも、年上の女性ばかりに。ところが、この第42話でようやくレベルが1つ上がりました。

 合宿での朔の精神面の成長は1つの新しい可能性を示唆しているように思えます。『ラブひな』になりえるという可能性です。
 『ラブひな』は週刊少年マガジンに連載していた赤松健さんの漫画。東大合格を目指す浦島景太郎が女子寮で繰り広げるラブコメです。主人公・浦島景太郎ははじめ情けない男として描かれていました。ところが、物語が進むうちに成長し、頼れる存在になります。その主人公が物語から一旦退場し、代わりにヒロインが情けない存在として描かれ主人公になっていきます。
 『ラブひな』の主人公交代劇は、いわば、物語の「延命」措置でした。「主人公の成長物語」という命題があったとき、主人公が成長してしまえば物語は原則として幕を閉じます。恋愛物語とは多少異なる点(※)です。

(※) 「恋愛物語」は原則としてヒーロー・ヒロインがカップルになるのが当初の目的です。目的が果たされば、物語は幕を閉じるのが原則でしょう。成長物語において主人公の成長が果たされたとき、幕を閉じるのと同じです。しかし、恋愛物語の場合には、カップルに破局を思わせる危機を与えてるという試練を与えることができます。そうすることでドラマは盛り上がり、さらに想いの深さ(愛の深さ)を知ることになります。

 『宙のまにまに』は「学園物」の宿命として卒業が待ち受けています。物語の時の流れで2年目、ヒロインである美星の卒業は避けられません(留年でもしない限り)。ステレオタイプな考え方をすれば、ヒロインの卒業と同時に幕引きでしょう。けれども、やはりファンとしては少しでも長く連載が続いて欲しいというのが希望なわけで。僕は、この朔の成長が壮大な種まきに感じられるのです。期待をかけすぎでしょうか?

 今の話題と関係あるようで、関係ない話です。第37話「夏が来たということは」、後ろから数えて2ページ目に書かれた朔のモノローグが意味深なものに感じませんか?

けたたましいセミの声と土のにおいを含んだ空気…一緒に過ごす最後の夏がはじまろうとしていた――――――――…

 この合宿編、まだまだ見所があります。
 合宿初日、1人で鏡材を磨く朔のもとに杏がやってきます。その手には飲み物が2本。一方、合宿最終日には、星を1人見上げる美星のもとに朔がやってきます。その手にはやはり飲み物が2本。ちょっとした相似の関係のようです。
 その後の朔と美星が手をつないで空を見上げているシーン。よく見ると美星の服装が変わっています。星見のときの機能性重視の格好ではなく、「単品スカート」。同じコマに書かれたモノローグが朔のものであることから、きっと朔の心象風景なのでしょう。でも、この風景が伝えるものは何でしょう。想像すると、いろいろと頭を駆け巡ります。
 それにしても、合宿編3話とも笑が完全にオチ担当になっています。愛すべきいいキャラクターです。柏原さんの愛がこもっています。(他のキャラクターにも、もちろんそのキャラクターに相応しい愛が注がれていますよ。)

 「恋愛物語」としての『宙のまにまに』は他の人たちもたくさん感想を書くので、僕がわざわざ書くこともないのでしょうが、これだけは書き残しておきます。
 第40話での合宿3日目のこと。花火大会のさなか、2人っきりになる朔と杏。せっかくの2人っきりなのに思惑がすれ違っています。言葉を発しない2人。美星を探してキョロキョロする朔。それに気づいてしまう杏の表情。握手を申し出る杏。がんばれの想いのこもった握手。美星の居所を伝える杏の笑顔。「え!?」と驚く朔にニコッと微笑む杏。
 この後、朔の後ろ姿を杏はどんな表情で見送ったのでしょう。描かれていないからこそ、想像が掻き立てられます。
 ちなみに6巻の中に同じようなシチュエーションの女の子たちが描かれています。七夕まつりで告発不発に終わった後の姫。美星が心配していたことを野辺山高原で告げた後の小夜。朔を迎えに来たのに遠慮してその場を去ろうとする美星。隠された目元、うつむいた顔、後ろ姿、どれも想像の余地が残されています。女の子たちの憂いや切なさや戸惑いなど、一言で書けない想いが覗けるようです。

 『宙のまにまに』が浅くも深くも楽しめるのに気づいてきました。テキスト部分だけ読めば、筋を楽しむことができます。漫画を読むスピードが速い人たちは、このテキスト読みが中心ですよね。それに対し、絵の隅々まで、それこそ、絵で表現されていないところまで想像しながら読むと、さらに深みが増します。読み直すたびに新しい発見があります。
 エンターテイメントとしても作品としても両立しているすごさ。感服します。浅さも深さも兼ね備えているのって、同人誌やss(side story/short short)を始めとした同人誌向きだと思うのですが、どうなのでしょう。まだあまり数が出ていないようですが。これから出始めるのでしょうか。
 『宙のまにまに』が何巻まで続くかわかりません。2年目の秋・冬を描いて、8巻で終わる。カバー見返しの88星座紹介を見ると、その布石なのではと予感させます。一ファンとしては、少しでも長く読んでいたいというのが偽らざる願いです。作者の柏原さんには体に気をつけながらも、がんばって欲しいものです。


【はみ出し小ネタ】
 上の文章に書ききれなかった些細なネタです。おつまみ的にどうぞ。

第36話「七夕想い」
 姫が朔にいよいよ想いを告げるのかというシーン。その緊張を破って茂みから登場した江戸川。その登場時の姿が「グリコのマーク」。まさか偶然? いや、きっと、多分意図的に違いない!

○(参考)グリコのマーク
 歴代のグリコのマークが見られるサイトです。
 http://www.glico.co.jp/kinenkan/goal/goal1.htm

第41話「ナツイチ。」
 はるきのお姉さんたちが登場する第41話。長女から順に秋子、小冬、千夏、そして末っ子のはるき。さらに、お母さんの名前が節子。四季そろい踏みです。
 ページは変わり、朔が目覚めるシーン。太陽が低い位置にあって、外から「カナカナカナカナ」と鳴き声が聞こえます。ヒグラシの鳴き声ですね。「日暮」と漢字で当てることもあるとおり、夕方に鳴き声をよく聞きます。

※6巻とは関係ありませんが、『月刊星ナビ』で4月号~6月号と、3ヶ月連続で『宙のまにまに』アニメ化の特集記事を組んでいます。特に5月号は柏原さんへのインタビューです。アニメ専門誌より先行して濃い情報が書かれていて、お勧めです。


○柏原麻美さんのサイト「はらっぱ商店街」
 http://members.jcom.home.ne.jp/mmk1999/

○アニメ『宙のまにまに』公式サイト
 http://www.mmv.co.jp/special/soramani/

○『ラブひな』(11)
 上で紹介した赤松健さんの『ラブひな』。主人公が一旦退場する11巻です。

○雑誌『月刊星ナビ』2009年4月号~6月号
 『宙のまにまに』アニメ化の情報が掲載されています。

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