著者:あかほりさとる、天野由貴
発行:講談社
想像以上に面白い本でした。
立ち寄った本屋で偶然眼に留まり、手にとってパラパラ読み始めたら、そのまま夢中になって、気がついたら第一章を読み切っていました。それだけ没頭させる力がこの『オタク成金』にはあります。
正直『月刊アフタヌーン』で宣伝を見たときには、まったく興味が沸きませんでした。宣伝の淡白さと本書の力強さがまったく噛み合っていない(不名誉な)例だろうと思います。
この『オタク成金』は、小説家であり脚本家であり漫画原作者であるあかほりさんの栄光を描いたものです。けれども、栄光だけではありません。2度にわたる挫折。そして、挫折という谷底からの復活を描いたものです。
この本にはあかほりさんの栄光の秘密が赤裸々に書かれています。その秘密は「自分は才能で一番にはなれない」と見切って「戦略」で勝負を仕掛けたことにあります。
あかほりさんがとった戦略を列挙してみます。
▼エンタメ・物書きは「サービス業」と割り切って、読者への愛をわかりやすく伝えなければならない。けれども、「ご機嫌うかがい」や「媚び」ではいけない。
▼サービスするには、読者が何を望んでいるかを知らなくてはならない。
▼本を読む層はクラス40人の生徒のうちわずか5人。本を読まない35人に売り込むために、誰にでも読める「ライトノベル」(※1)の文体を開発した。
▼一部の原作者や会社だけが儲けるのではなく、皆が儲かるメディアミックスの形を作った。このメディアミックスの手法は知らない人に広く知らせるのに貢献した。(※2)
▼生き残るためには新しいことを続けなければいけない。ここでいう「新しさ」とは、従来のターゲットの外からこちら側の業界へ誘導するためのモノである。
▼毎月本を刊行して常に平積みされる状態を作った。本屋に本が並んでいるのも広告であるという観点。
▼誰かにモノを習うことは、技術を学ぶ以上の価値がある。それは「時間」を買うことと「人脈」を買うこと。けれども、「本質」は買うことができない。
▼自分のことを叱ってくれる人は貴重。
▼「いつか一緒に仕事しましょう」と編集者に誘われて、翌日に企画書を持っていった。チャンスがあったら即行動。
(※1) 今、出版されているライトノベルは状況が違うようです。SF化・マイナー化・新本格化が進み、「40人中の5人のための小説」になってしまっているそうです。
(※2) 従来は、マンガor小説を原作としてそこからアニメ・ゲームを作る「トップダウン式」で、派生のアニメ・ゲームがヒットしても、原作のマンガor小説しか潤わないものでした。
エッセンスをかなり絞り込みました。本書ではライトノベルの書き方にも大きくページを割いているのですが、ここでは割愛します。(マンガ・アニメ・小説・ゲームなどの原作や脚本に関わる人には絶対にお勧めの内容です!)
あかほりさんが追求してきたことは「普通をしない」ということでしょう。周囲と同じことをしたのでは、生き馬の目を抜くような厳しい業界では生き残れません。生存競争に勝ち抜くための手段が、このような「普通ではない」活動に行き着いたのでしょう。
同時に、業界全体に目を配る姿勢があったことも付け加えなければなりません。自分1人だけ旨みを取るのではなく、関わる人にすべてに旨みを共有する。それが次への活力を生み出すことをわかっているのです。Win-Winの発想です。
この業界で20年近く生き抜いてきたあかほりさんだからこその説得力のある言葉です。そんなあかほりさんから発せられる言葉。ときに魂からの熱いメッセージがこめられます。しびれるものがあります。
だってこの業界、努力はして当たり前だから。努力で差がつくなんて、そんなこと思っちゃいけねぇんだよ。(p.93)
作家には“こういう子を書きたい”“この子、こんなに可愛く書きたい”っていう、欲望が大事なんだから。(p.97)
エンタメってのは基本的に儲からなきゃダメなんだよ。なんでか。
お金持ちになれないから? 売れなきゃ貧乏するから?
違うんだよ! それは、この業界でずっと喰っていくためなんだよ。(p.172)
モノを作る人間が評価されなかったら、それはクリエイターじゃなくて、ただモノを作っているだけの人間だよ。(p.175)
映画人がハリウッドに憧れるように、漫画の世界では、日本がハリウッドなのよ!
だから俺、感動したのよ! そうか、俺、ハリウッドで働いているんだ、と。(p.193)
本文をずっと読んできて、あかほりさんの「あとがき」を読み、天野さんの「あとがき」を読み、残り1ページを残すだけになって「あぁ、あかほりさとるさんって、こんなにカッコイイ人だったんだ」と再認識していました。で、最後の1ページをめくったら、天野さんも「あかほりさんは、日々自分自身と戦う、カッコイイオタクでした。」と同じことを書いています!
これにはびっくりしました。感覚というか認識というかがシンクロしたようで、むず痒いような恥ずかしいような不思議な気分でした。
あかほりさとるさんの「すごさ」と「カッコよさ」を引き出したのは、天野さん手腕によるところが大きいです。天野由紀さんがインタビューする形をとった、というのが、大アタリだったように思えるのです。
あかほりさとるさんは「オタク」。その一方、天野さんはオタクとは対極の位置にいます。オタクに対する知識も素養もありません。むしろオタクを色眼鏡で見ている、まあ、いわゆる「一般ピープル」。オタク言語に無縁の一般ピープル代表の天野さんがあかほりさんのオタク言語を「翻訳」しながら、時に「ツッコミ」ながら、話が展開されていきます。
そんな天野さんがあかほりさんの話を聞きながら、オタクに対する誤解を解いていき、オタクに対する見方を変えていきます。天野さんが理解していくペースで本が展開されていきます。その理解テンポを読者が追体験でき、非常に読みいいものに仕上がっています。
「何も知らなかった」からこそ「わかりやすい本」になった好例です。
勉強しながら、その理解テンポをリアルタイムで再現することで初心者に優しい本になるんですね。これって、解説書(参考書、初学者用の本、……etc)に応用できるテクニックになりえるかもしれません。
エンタメ業界の人だけでなく、一般のビジネスパーソンも学ぶことは多い本です。「オタク」という言葉に色眼鏡を持つことなく、ぜひ手にとって欲しい本です。
【追記】
ネットにアップされた『オタク成金』の感想を読んできました。
正直言えば、「読める人」と「読めない人」の差があまりにも大きいのに愕然としました。
言葉単位、文節単位で文意をすくい取ろうとして、筋違いな勘違いをしている「読めない人」が多いのですね。布石とか伏線とか台無しです。そもそも読んでいない人も多そうですし。何というか、この本で描かれている「プライド高き弱いオタク」の姿がはからずも再現されていて、なんとも滑稽でした。
「40人中35人」に届けるのって難しいですね。