2009年7月4日土曜日

中公新書『小泉政権 「パトスの首相」は何を変えたのか』

著者:内山融
発行:中央公論新社

 

 小泉元首相の執り行った政治を、内政と外交との面から論じた本です。

 筆者である内山さんは小泉元首相を次のような特徴を持っていたと評しています。
 特徴の1つ目は、理性よりも情念で人々に訴えていた点です。これを「パトスの首相」と呼んでいます。キャッチフレーズとしてメディアに乗せられる「ワンフレーズ」。善悪の対立構図による「劇場化」。小泉元首相が活用したこれらの手法が、どれも人々に情念(=パトス)で訴えるものであり、わかりやすさと共に広まったのでした。
 2つ目の特徴は、官僚主導や事前協議などを廃しての「トップダウン」の政策決定です。

 小泉元首相は部下を持っていませんでした。いわゆる「派閥」を持たない政治家です。
 派閥があると様々なしがらみが生まれます。派閥同士で意見のすり合わせ。そこから派生する貸し借り。派閥の中での年功序列の昇進システム。時にはメリットもあるのでしょうが、同時にしがらみでもあります。
 また、派閥を持たない小泉元首相には、利益集団のしがらみからも解放されていました。各団体に慮る必要がなかったのです。

 だからこそ、小泉元首相は「トップダウン」の政治を行うことができました。また、派閥や政治集団ではなく一般の人々に伝わりやすい「ワンフレーズ」を好むことにつながります。

 この『小泉首相』を読んで、曖昧だった部分がかなり氷解しました。今、ここでは小泉元首相の「正」の特徴だけを書き記しましたが、本書には「負」の特徴も述べられています。功績も罪過も同列に描かれています。

 政局はドラマです。人の思惑が渦巻く世界だからこそ、単純ではない物語があります。そんな物語を覗くことができました。満足です。お勧めの1冊です。

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『娘と話す 科学ってなに?』

著者:池内了
発行:現代企画室

 

 大学教授が自分の13歳の娘に語りかけるというスタイルで「科学」とは何かについて論じています。著者である池内了さん自身が大学教授であり、科学者です。2人で語っているシーンそのものはフィクションですが、語られている内容には池内さんの想いが詰まっています。

 僕はこんな文章に共感を覚えました。部分部分、引用してみます。

『父さんは、自分の研究をしっかりした上でないと本を書くべきではないと考えてきた。研究で自信がないと、自分の主張をきちんと述べたり、しっかりした内容の本が書けない、と思ってきたからだ。だから、あまり若い人には本を書くことを勧めないんだ。』

『やがて、「科学者だから」科学者でなければできないような書き物をすべきだと考えるようになった。大学の教師は、世の中の動きに対して常に批判的な態度を持っているべきで、それも科学者の立場から「言うべきことは言う」という責任を負っていると考えたからだ。』

『それ(=炭鉱のカナリア)と同じで、科学や技術に関連する社会的な問題について、注意を向けたり警告したりする。あるいは、科学者の目から見て「こうあるべきではないか」と問いかける、そんな仕事も大事だと思うだろう?』
(以上、p.128~132から引用)

 池内さんの考える科学者の社会的責任です。プロフェッショナルだからこその視点があり、その視点から見えることを広く伝えるのは重要でしょう。同時に、若い科学者に対しての牽制も忘れていません。まずはプロとして自信を手に入れること。それが先なのだと明言しています。

 この本では「科学者の仕事」から始まって、「科学の生い立ち」「科学と技術の違い」「戦争と科学」「経済活動の中の科学」「地球環境問題」など科学を切り口に幅広いテーマを扱っています。
 「地球環境問題」で扱われている「地球温暖化」について、科学者らしい慎重な姿勢に好感を持ちます。巷にあふれる「誤解」に「勘違い」。そんな風評に「待った!」をかけています。

 小学生高学年~中学生に読ませたい本です。彼ら・彼女らにも読みやすいでしょう。今まで持っていなかった視野を与えられることでしょう。


○『娘と話す 地球環境問題ってなに?』
 この『科学ってなに?』を書いた池内了さんの続刊です。

○2009年7月の時点で「娘と話す」シリーズが10冊刊行されています。発行日順に列挙します。
 (1) 『娘と話す非暴力ってなに?』
 (2) 『娘と話す宗教ってなに?』
 (3) 『娘と話す国家のしくみってなに?』
 (4) 『娘と話すアウシュヴィッツってなに?』
 (5) 『娘と話す科学ってなに?』
 (6) 『娘と話す哲学ってなに?』
 (7) 『娘と話す地球環境問題ってなに?』
 (8) 『娘と話す不正義ってなに?』
 (9) 『娘と話す文化ってなに?』
 (10) 『娘と話すメディアってなに?』

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『「お約束」考現学』

著者:泉麻人
発行:実業之日本社


※左がソフトカバー版、右が文庫版

 コラムニスト泉麻人さんのエッセイ集です。
 「冷し中華、はじめました」に感じる夏の到来。クラス会で相手の名前が思い出せないときのバツの悪さ。エレベーターで思わず追いかける階数表示のランプ。タクシーで1万円札を出すときの申し訳のなさ。
 そんな「お約束」を集めた本です。「お約束」シチュエーションから話を派生させて、泉麻人さんのエッセイが展開していきます。

 軽い語り口ですいすいと読み進められます。その軽さが心地よいです。「ためになった」とか「役に立った」とかを求めると残念な気持ちになりますが、ライトな心地よさに浸るのも、またありでしょう。そんな心地よさを味わいたい人はぜひ。

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2009年6月24日水曜日

ちくま学芸文庫『πの歴史』

著者:ペートル・ベックマン
訳者:田尾陽一、清水韶光
発行:筑摩書房

 

 日本語版の初版が1973年というこの本。元々は『A History of π』(Petr Beckmann・著)として1971年にアメリカで発行されたものです。

 前書きにこのような文があります。

 私は歴史学者でもなければ、数学者でもない。だから私は、この物語を書くのにもっともふさわしいと強く感じたのである。(p.9より引用)
 このことから判断できるとおり、著者は数学を専門としていません。それがこの本の魅力でもあり、同時に欠点でもあります。
 魅力は何か。専門家ではないからこその脱線が楽しいのです。脱線というと語弊があるかもしれません。物語の幅が大胆に広く描かれている、と表現した方が適切かもしれません。
 欠点は何か。まどろっこしい証明や説明がたびたび登場するところです。そのかったるしさに「イラッ」とすることもあります。とんでもない間違いもあります(全体の文意を損なうほどのものでもありませんが、数学的に誤りがあるという程度です)。まあ、それにツッコミながら読むのも、またいいのかもしれませんが。

 『πの歴史』のタイトルにふさわしい内容です。数(数学)の萌芽から、古代文明における円周率の発見、ギリシア人の格闘、中世ヨーロッパの暗黒時代、偉大な数学者たちの登場、連分数展開や級数によるπの表現、無理数・超越数としてのπ、コンピュータによるπの計算、とπの歴史が順を追って追いかけられるようになっています。
 「πの歴史」は数学の歴史であるのと同時に、人類の歴史でもあります。もちろん数学の歴史のすべて、人類の歴史のすべて、などと大言壮語を語るつもりはありません。歴史の一側面です。これはまさに、「πの歴史は、人類の歴史をうつしだすちいさな鏡である」という「まえがき」冒頭の文が端的に表しています。

 コンピュータは人間の組んだプログラム通りにしか働かない、いわば、融通の利かない、知性のない(より正確に書けば、知性のなかった)装置であることを解説した上で、次のような言葉が続きます。心をつかんだ言葉です。

 私の言葉でいうならば、知性とは“新しい状況に適応する能力、あるいは、経験から学ぶ能力;すなわち、複雑な物事から本質的な要素をつかみとる固有の能力”である。(p.308より引用)
 新しいことを経験すること。これが知性に求められる「前提条件」です。その対極となる行動、例えば、「未知のモノをパスする」「決められたことしかやらない」「自分の知っている世界だけでぬるま湯につかる」「自分の意にそぐわないことには見向きもしない」。こんな行動は「知性ある行動」の前提すらクリアしない行動であるわけです。
 食わず嫌いをやめて、まずは試してみる。何事にもチャレンジして、そこから教訓を得る。ここから知性が生まれてくる。読んでしまえば当たり前のようですが、僕にとっては考えさせられた言葉でした。

 この『πの歴史』、専門家ではない外野から見た知己に富んでいます。数学の歴史を学ぶだけでなく、他にも考えさせられるヒントが詰まった本です。数学好きにしか見向きされにくい本でしょうが、そんな人が自身の世界の幅を広げるのにふさわしい1冊です。数学好きにおすすめしたい本です。

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アスキー新書『戦略PR 空気をつくる。世論を売る。』

著者:本田哲也
発行:アスキー・メディアワークス

   

 一流の売り手はここまで考えているのかと感心しました。

 モノやサービスなどの商品情報。インターネットでちょっと検索すれば、(誤解やゴシップ、誇大妄想も含めて)情報が簡単に手に入ります。複数の商品を比較・吟味の後ようやく購入に踏み切る(ことが手軽に可能になった)のです。「疑い深い消費者」の登場です。
 そんな中で「売れる商品」を意図的に作るのは難しいものです。

 著者である本田哲也さんは「戦略PRプランナー」として活躍している方です。
 本田さんは、商品の価値を訴える「広告」を打つ前に、商品のニーズを喚起する「PR」が必要だと述べています。この広告の前の段階のPRを「空気づくり」と呼んでおり、その空気づくりで促された消費者の認識を「カジュアル世論」と呼んでいます。つまり、「カジュアル世論」は、自然発生的ではなく意図的に作られた「空気」です。

 この本にはカジュアル世論の例が書かれています。永谷園の生姜シリーズ、部屋干し用洗剤、漢検DSシリーズ。実態調査から関心の矛先を探り、それに見合ってテーマを定めます。テーマにしたがって、気付いていなかったニーズを掘り起こし「カジュアル世論」を喚起します。そんな空気の中、広告を打つことで商品への魅力を高める。こんな事例が丁寧に書かれています。

 そんな中でも特に印象の強い事例が、オバマ現アメリカ大統領の選挙PRです。以下、引用します。

 彼ら(=オバマの戦略PRプランナー)はまず、「多くの人々が、アメリカ国民としての『誇り』は失っていないが、『自信』を失っている」という状況分析を、大規模な調査から導き出した。このことから、「自信を取り戻すには何かを変えなきゃ」という空気、「変化が必要」という世論を喚起することを決めた。そして、オバマを「その変革ができる人」として位置づけるという作戦だ。ここから、「Change」というキャッチフレーズが生まれた。この作戦は見事というしかないだろう。なぜなら、この方向にしたことで、「黒人」「経験不足」などの、ともすると不利に働きかねない要素を、逆に「差別化点」に変えてしまったからだ。「変化が必要」という空気が広がれば広がるほど、「Experience(経験)」を売りにしていたクリントンやマケインが劣勢になる仕組みだ。

 太平洋の向こうの国の水面下で、こんな壮大なPR戦略が行われていたというのです。「オバマ」という商品価値を高め、最大限売り込むための戦略。「見事」以外の言葉が見つかりません。

 説得して理解を求めるのではなく、共感を呼び納得してもらう。これが「空気を作り選んでもらう」ということなのだろうと思います。

 この本には、成功事例だけが並んでいるわけではありません。現代の消費者に対する考察、広告・PRとは何か、カジュアル世論を作るための技術についても解説されています。戦略PRに失敗した要因もまとめられています。

 広告業に携わる人だけでなく、営業マンや売場で直接的に消費者に販売している人、こんな人たちにもヒントになる本です。「戦略PR」の存在を知り、活用しようという姿勢がますます求められるようになるでしょう。
 この本は、そんな人たちへの指針となります。


○『明日の広告』
 本書で触れられている関連本。僕はまだ読んでいないのですが、触発されて読みたいと考えている本です。

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光文社新書『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字〈上〉』

著者:山田真哉
発行:光文社

 

 会計士、山田真哉さんの有名な1冊です。
 以前に『女子大生会計士の事件簿』シリーズを読んでいて、ミリオンセラーにもなった『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』も読んでいました。そこからかなりの時を隔てて、山田真哉さんの本を手に取ることになりました。
 正直な話、これだけ売れている本だから、いつでも手に入るだろうと手を付けないでいました。古くなってしまった本が本屋から消えていく現象を見ていると、読む順番を気にしてしまいます。タイミングが来たら読もう、ぐらいの構えでいました。

 この本で伝えられていることは「数字の力」です。ダイナミックな意味を持つ数字の力と、無機質な数字が醸し出す数字の力を解説しています。
 ビジネス雑誌で山田さんのインタビュー記事を読んだことがある人にとっては、おなじみの内容でした。タネを知っているマジックを見る思いでした。きっと僕みたいな人は少数派で、タネさえ割れていなければ興奮しながら読めるのではないかと思います。

 そんな僕が一番印象づけられたのは「あとがき」(※)でした。
 何でも前著『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の帯に「1時間で読めて効果は一生」と書かれていたのにも関わらず、1時間で読み切れないというツッコミが寄せられたそうです。そこで、この『食い逃げされても……』では、本当に1時間で読めるように心を砕いたというのです。
 新書というと2時間程度で読み切るのが目安ではないかと考えています。それにも関わらず、「1時間で読めて~」というのはアピールになったのでしょうか? 結果として大ベストセラーになったのですから、効果はあったのかもしれませんが、「新書が1時間で読める」という謳い文句には違和感を抱きます。
 この後、下巻に続きます。そちらはまだ読んでいなせん。読んでない時点でいい加減なことを書くのもどうかと思いますが、上下巻で2時間程度の分量なのではと勘ぐってしまうのは僕だけでしょうか? 図書館で借りて読んでいる僕にはあまり関係のない話ですが。

(※) 本当は「あとがき」ではないのですが、ネタバレになりかねないので、ここでは単に「あとがき」としておきます。

 近々、下巻も手に入れて読むつもりでいます。下巻のタイトルから察するにサプライズがあるのではと期待しています。楽しみです。


○山田真哉さんの本
 上でもタイトルを挙げた『女子大生会計士の事件簿』(1)~(6)と『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』です。

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2009年5月23日土曜日

生活人新書『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』

著者:矢島裕紀彦
発行:日本放送出版協会

 

 先日読んだ『よりぬき読書相談室 どすこい幕の内編』で紹介されているのを読み、この本の存在を知りました。

 国語や歴史の授業で登場する文豪たちとスポーツの関係が記されています。タイトルにもあるように、『坊っちゃん』『吾輩は猫である』の夏目漱石は学生時代、器械体操が得意だったというのです。『堕落論』の坂口安吾はハイジャンプ競技でインターミドル全国大会を優勝しているというのです。そんな意外なエピソードが25編収められています。
 その筋の人にはおなじみなのかもしれませんが、個人的には「三島由紀夫とボディビル」のエピソードにグッときました。

 文豪と呼ばれる作家たちとスポーツの関係の意外性が面白いのです。あんな重苦しい小説を書いているのに、オフでは体を動かしていた。そのギャップがたまらないのです。今も昔も生活にメリハリを持ち、バランスよく暮らさなければならないのには変わらない。そんな当たり前のことに気づかされます。

 この本を読むと、文豪たちに対する意識が変わります。どこからか親近感が沸きます。国語(特に文学史)が嫌いな生徒に読ませると興味を抱くかもしれません。その子が体育会系ならなおさら効果を発揮する可能性があります。国語の先生にとっても授業中に話すネタにもなります。
 各作家の解説が丁寧に書かれているのもポイントが高いです。資料集などに掲載されているような下手な解説なんかより、この本の方がよっぽどわかりやすくまとめられています。

 作家たちがスポーツに励む姿が想像できるのも、筆者・矢島裕紀彦さんの筆の力なのでしょう。素朴だけどもいい本です。すべての人が興味を持つとは限らないけれども、誰が呼んでも楽しめる懐の深さがあります。興味を持った人はぜひ手にとって欲しい1冊です。


○Web本の雑誌より読書相談室 「いろいろな作家の面白いエピソード」
 本に掲載されていた質問へのリンクです。質問2006/03/05~回答2006/03/18のところにあります。ページ後半の方にあります。
 http://www.webdoku.jp/soudan/answer/view_date.php?date=2006/03/18

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2009年5月22日金曜日

『漫画の時間』

著者:いしかわじゅん
発行:晶文社

 
※左はソフトカバー版、右は文庫版

 漫画家いしかわじゅんさんによる漫画書評本です。100の書評の中に100以上の漫画が扱われています。

 この本の中で、「そうだよなあ」と感じ入ったのは次の文です。

 このへん、個人的な好みなのだが、ぼくは、悪人の出てこないハッピーエンドの話が一番好きだ。読むのも好きだし、自分でもそういうものしか描かない。
( …中略… )辛い物語を好きな人は、それを読めばいい。ぼくは、いい人の出てくる楽しい話が好きなのだ。
(p.91より引用)

 僕もまったく同じです。辛い話を読むと、自分まで辛い気持ちになってしまうのです。ヒドイときには、辛いのに我慢できなくなって読んでいる漫画を閉じてしまうこともあります。まるで怖い絵本を読んでいる子供のようで、なさけないのですが。『図書館戦争』シリーズの有川浩さんが語る「登場人物が全力で幸せを追い求める」のが一番好みです。

 ここで引用した例に限らず、この本の中にはいしかわさんの漫画に対する愛があふれています。100冊近い漫画雑誌のほとんどの漫画に眼を通すといいます。主だったものも、ヘタなのも、うまいものも、妙な絵柄なのも、変わったストーリーのものも、時間のある限り読むと本文で述べています。

 多数の漫画を読んでいるいしかわさんだけあって、漫画に対するこだわりは相当なものです。本文の中からそのこだわりが滲み出ています。少し残念だなと思うのが、こだわっているのはよくわかるのですが、こだわりの中身がいまいち伝わりにくいのです。
 その原因はいくつかあるでしょう。一番大きいのは、いしかわさんの織り成す文体でしょう。上から目線であったり、棘のある攻撃的な書き方だったり。中身を読み解く前に、文体で引いてしまう人もいるかと思います。実に残念なことです。
 他に考えられる原因は、自分の常識は世間の常識と見なしてしまっていることでしょうか。表現を改めれば、自分の前提は世間でも同じ前提を持っているということでしょう。

 上手な漫画読みになるための簡単な方法がある、と言います。その方法とは〈うまい絵〉〈うまい漫画〉をたくさん読むことだ、と言います。では、〈うまい絵〉〈うまい漫画〉とは何か。5つの項目に分けて説明しています。その項目を列挙します。

一.オリジナリティを見ろ
二.工夫を見ろ
三.手抜きを見ろ
四.洋服を見ろ
五.動きを見ろ

 項目だけ見ても、本文を読んでみても、わかったようなわからないような気分になります。その理由は簡単で、漫画をたくさん読んでいる人には納得できるのでしょうが、そうでない人には「ふ~ん」と思ってしまうのです。大前提である「たくさん読む」ことが大きな壁になっています。
 この話、『文章読本さん江』で著者の斉藤美奈子さんが指摘していたことにもつながります。数々の文章読本で「美文・名文を読め」と指示しているけれども、「美文・名文とは何か」に答えている文章読本はないそうです。それらしき表現を探しても「読者が気に入ったものが美文・名文なのだ」のようなものに落ち着いてしまっているそうです。

 この本のターゲットがどこに向けられているのかはわかりません。僕のようにそこまで多く漫画を読まない人にとっては「ふ~ん、こんな漫画もあるんだ」という気分になります。けれども、この本で石川さんが伝えたいことを受け止められているかといえば、自信がありません。読書量が違うからでしょう。その意味において、この『漫画の時間』は「漫画読みにとっての究極の漫画評論」なんだなあと思ったのでした。手垢のついた表現をすれば「漫画読みの漫画読みによる漫画読みのための漫画評論」です。

 好みは分かれるでしょうが、漫画好きならば手に取る価値がある1冊です。文体で気になるところがあっても我慢して読めば、漫画の読み方に対する視野が開けてくるかと思います。


○『漫画ノート』『秘密の本棚』
 いしかわじゅんさんによる漫画書評です。

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アフタヌーン新書『オタク成金』

著者:あかほりさとる、天野由貴
発行:講談社

 

 想像以上に面白い本でした。

 立ち寄った本屋で偶然眼に留まり、手にとってパラパラ読み始めたら、そのまま夢中になって、気がついたら第一章を読み切っていました。それだけ没頭させる力がこの『オタク成金』にはあります。
 正直『月刊アフタヌーン』で宣伝を見たときには、まったく興味が沸きませんでした。宣伝の淡白さと本書の力強さがまったく噛み合っていない(不名誉な)例だろうと思います。

 この『オタク成金』は、小説家であり脚本家であり漫画原作者であるあかほりさんの栄光を描いたものです。けれども、栄光だけではありません。2度にわたる挫折。そして、挫折という谷底からの復活を描いたものです。

 この本にはあかほりさんの栄光の秘密が赤裸々に書かれています。その秘密は「自分は才能で一番にはなれない」と見切って「戦略」で勝負を仕掛けたことにあります。
 あかほりさんがとった戦略を列挙してみます。

▼エンタメ・物書きは「サービス業」と割り切って、読者への愛をわかりやすく伝えなければならない。けれども、「ご機嫌うかがい」や「媚び」ではいけない。
▼サービスするには、読者が何を望んでいるかを知らなくてはならない。
▼本を読む層はクラス40人の生徒のうちわずか5人。本を読まない35人に売り込むために、誰にでも読める「ライトノベル」(※1)の文体を開発した。
▼一部の原作者や会社だけが儲けるのではなく、皆が儲かるメディアミックスの形を作った。このメディアミックスの手法は知らない人に広く知らせるのに貢献した。(※2)
▼生き残るためには新しいことを続けなければいけない。ここでいう「新しさ」とは、従来のターゲットの外からこちら側の業界へ誘導するためのモノである。
▼毎月本を刊行して常に平積みされる状態を作った。本屋に本が並んでいるのも広告であるという観点。
▼誰かにモノを習うことは、技術を学ぶ以上の価値がある。それは「時間」を買うことと「人脈」を買うこと。けれども、「本質」は買うことができない。
▼自分のことを叱ってくれる人は貴重。
▼「いつか一緒に仕事しましょう」と編集者に誘われて、翌日に企画書を持っていった。チャンスがあったら即行動。

(※1) 今、出版されているライトノベルは状況が違うようです。SF化・マイナー化・新本格化が進み、「40人中の5人のための小説」になってしまっているそうです。
(※2) 従来は、マンガor小説を原作としてそこからアニメ・ゲームを作る「トップダウン式」で、派生のアニメ・ゲームがヒットしても、原作のマンガor小説しか潤わないものでした。

 エッセンスをかなり絞り込みました。本書ではライトノベルの書き方にも大きくページを割いているのですが、ここでは割愛します。(マンガ・アニメ・小説・ゲームなどの原作や脚本に関わる人には絶対にお勧めの内容です!)
 あかほりさんが追求してきたことは「普通をしない」ということでしょう。周囲と同じことをしたのでは、生き馬の目を抜くような厳しい業界では生き残れません。生存競争に勝ち抜くための手段が、このような「普通ではない」活動に行き着いたのでしょう。
 同時に、業界全体に目を配る姿勢があったことも付け加えなければなりません。自分1人だけ旨みを取るのではなく、関わる人にすべてに旨みを共有する。それが次への活力を生み出すことをわかっているのです。Win-Winの発想です。

 この業界で20年近く生き抜いてきたあかほりさんだからこその説得力のある言葉です。そんなあかほりさんから発せられる言葉。ときに魂からの熱いメッセージがこめられます。しびれるものがあります。

 だってこの業界、努力はして当たり前だから。努力で差がつくなんて、そんなこと思っちゃいけねぇんだよ。(p.93)

 作家には“こういう子を書きたい”“この子、こんなに可愛く書きたい”っていう、欲望が大事なんだから。(p.97)

 エンタメってのは基本的に儲からなきゃダメなんだよ。なんでか。
 お金持ちになれないから? 売れなきゃ貧乏するから?
 違うんだよ! それは、この業界でずっと喰っていくためなんだよ。
(p.172)

 モノを作る人間が評価されなかったら、それはクリエイターじゃなくて、ただモノを作っているだけの人間だよ。(p.175)

 映画人がハリウッドに憧れるように、漫画の世界では、日本がハリウッドなのよ!
 だから俺、感動したのよ! そうか、俺、ハリウッドで働いているんだ、と。
(p.193)

 本文をずっと読んできて、あかほりさんの「あとがき」を読み、天野さんの「あとがき」を読み、残り1ページを残すだけになって「あぁ、あかほりさとるさんって、こんなにカッコイイ人だったんだ」と再認識していました。で、最後の1ページをめくったら、天野さんも「あかほりさんは、日々自分自身と戦う、カッコイイオタクでした。」と同じことを書いています!
 これにはびっくりしました。感覚というか認識というかがシンクロしたようで、むず痒いような恥ずかしいような不思議な気分でした。

 あかほりさとるさんの「すごさ」と「カッコよさ」を引き出したのは、天野さん手腕によるところが大きいです。天野由紀さんがインタビューする形をとった、というのが、大アタリだったように思えるのです。
 あかほりさとるさんは「オタク」。その一方、天野さんはオタクとは対極の位置にいます。オタクに対する知識も素養もありません。むしろオタクを色眼鏡で見ている、まあ、いわゆる「一般ピープル」。オタク言語に無縁の一般ピープル代表の天野さんがあかほりさんのオタク言語を「翻訳」しながら、時に「ツッコミ」ながら、話が展開されていきます。
 そんな天野さんがあかほりさんの話を聞きながら、オタクに対する誤解を解いていき、オタクに対する見方を変えていきます。天野さんが理解していくペースで本が展開されていきます。その理解テンポを読者が追体験でき、非常に読みいいものに仕上がっています。

 「何も知らなかった」からこそ「わかりやすい本」になった好例です。
 勉強しながら、その理解テンポをリアルタイムで再現することで初心者に優しい本になるんですね。これって、解説書(参考書、初学者用の本、……etc)に応用できるテクニックになりえるかもしれません。

 エンタメ業界の人だけでなく、一般のビジネスパーソンも学ぶことは多い本です。「オタク」という言葉に色眼鏡を持つことなく、ぜひ手にとって欲しい本です。


【追記】
 ネットにアップされた『オタク成金』の感想を読んできました。
 正直言えば、「読める人」と「読めない人」の差があまりにも大きいのに愕然としました。
 言葉単位、文節単位で文意をすくい取ろうとして、筋違いな勘違いをしている「読めない人」が多いのですね。布石とか伏線とか台無しです。そもそも読んでいない人も多そうですし。何というか、この本で描かれている「プライド高き弱いオタク」の姿がはからずも再現されていて、なんとも滑稽でした。
 「40人中35人」に届けるのって難しいですね。

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手書きポップを作ります!

 ちょっとした思い付きです。これから読んだ本のポップを勝手に作り、勝手にアップしようと企んでいます。(「企む」なんて書くと大げさですが……)
 誰かに頼まれたわけでもなく、ただただ作ってみたい。動機はそれだけです。

 限られたスペースでどう魅力を伝えていくのか、腕がなります。ちょっとした修行のつもりで続けていければと考えています。どうぞよしなにお願いいたします。