2009年10月25日日曜日

岩波新書『一億三千万人のための小説教室』

著書:高橋源一郎
発行:岩波書店

 

 わたしが、この「小説教室」でやりたかったいちばんのことは、あなたに、ことばというもののすばらしさをもっと知ってもらうことでした。
(「ぐっと短いあとがき」より引用)

 「小説教室」を読んでいるはずなのに、いつのまにやら小説を読んでいる心地がしました。

 タイトルに「小説教室」とありますが、「小説の書き方」を教えてくれるわけではありません。「続きが気になる書き出し」も「ハラハラさせる展開」も「心に残る締めくくり」も教えてはくれません。
 なのに、なぜか、小説が書ける気分が起きてきます。

 本文で語られるのは、「小説の書き方」より、むしろ「小説の読み方」です。いや「小説ガイド」、もしくは「小説観光案内」という方が正しいかもしれません。観光地を紹介するように引用される小説の数々。ただ観光地を羅列するだけでなく、見所をおさえたガイドです。この小説群をガイドと共に読んでいくうちに、今まで培ってきた「小説観」が崩れてきます。いちど徹底的に小説観を崩し、「小説とは何か」というところから再び建て直す。
 言葉にならぬ「小説観」が自分の中に生まれます。それがこの『小説教室』の面白さであり、愉快なところです。

 教えてはくれませんが、間違いなく、この本は「小説“教室”」です。

 本や雑誌、ラジオなど各種メディアで紹介されて興味を持った本です。紹介されるのもうなずけます。紹介することで自分のステータスが上がるような、そんなセンスの良さがあります。「いい仕事をしている隠れた名店を見つけた自分ってスゴイ!」という気分にさせてくれます。
 良質の小説を読むように一気に読めてしまいます。小説を書くつもりがなくても、小説を読むのが好きならば、新しい視点を手に入れるチャンスです。おすすめです。

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『中学時代にしておく50のこと』

著者:中谷彰宏
発行:PHP研究所

 

 「中学生版・生き方指南本」もしくは「中学生版ハックス」といった本です。

 こういう本を手に取るであろう中学生を想像するに、真面目な性格をしているか、自分は周囲の人間とは違うと孤独にさいなまれているか、本の形をしていれば手当たりしだい何でも読むという性格の持ち主か、そういったところではないでしょうか。
 そういう中学生にとっては福音の書になるかもしれません。
 「キミはキミのままでいいんだよ」
とエールを送ってもらえる気分になるからです。

 中学生自身がこの本の存在に気づき、手にとってエールを受け取れれば理想的なのですが、そううまく出会えるとは限らないでしょう。
 だからこそ、悩める中学生に対して周囲の大人がスッと差し出す――それも、絶妙のタイミングで――というのが理想的でしょう。親であるとか教育に携わる大人こそがあらかじめ読んでおく必要がある本だと感じました。

 ああ、ちなみに、大人が読んで面白いかというと、残念ながら大半の大人にとっては退屈すると思います。その点が不満でした。
 大人が読んでも納得できるくらいのものを欲している気がするんですけどね、こういう中学生は。

 なお、『高校時代にしておく50のこと』という本も出版されたようです。こちらも機会があればチェックするつもりです。

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『脳の中の身体地図 ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ』

著者:サンドラ・ブレイクスリー、マシュー・ブレイクスリー
訳者:小松淳子
発行:インターシフト

 パソコンの画面をスクロールしようとマウスを操作する。画面に映った文字を読む。「ふーむ、なるほど」と唸ったり「なんだ、これは!」と腹を立てたりする。コーヒーを飲もうとマグカップに手を伸ばす。あまりの熱さに手を引っ込める。コーヒーの香りと味わいを楽しむ。……。
 どこにでも広がる日常の1コマ。五感で感じ、思考し、行動する。こんなとき、いつでも脳の中の「ボディ・マップ」がはたらいています。

 外部からの刺激と体から発生する反応が起きるたびに、脳の中の特定の箇所に信号が送られています。
 寒いと感じれば、寒さを感じる専用の箇所に信号が送られます。首を回せば、首を回す専用の箇所に信号が送られます。サッカーボールを蹴り出せば、足の筋肉だったり、バランスをとったり、方向を確認したりしている専用の箇所に信号が送られます。
 どんな刺激や反応に対しても、脳の特定の場所に信号が送られます。「刺激・反応」と「脳への刺激」がそれぞれに対応しているのです。刺激・反応と脳の各部位を対応させた「地図」。これが「ボディ・マップ」です。

 ボディ・マップは実にバラエティ豊かです。ボディ・マップと一口で言い切れないくらい多様な種類と役割が当てられています。体表のマップ、筋系のマップ、意図のマップ、行動する能力のマップ、周りの人々の行動と意図を自動的に追跡して列挙するマップなんてのも存在します。

 多様なはたらきをするボディ・マップ。ボディ・マップの考え方を応用すると、以下のような事象・現象が解説できてしまいます。

○レーシング・ゲームで遊んでいて思わず体が傾いてしまう。
○3Dゲームをやっているときに感じる3D酔い。
○「だって、あの子の方が強くぶったんだもん!」という子どもの喧嘩。
○体に触れなくとも、くすぐる真似をするだけで笑ってしまう子ども。
○他人のあくびが移る。
○冷やすと収まる痛み(←実は錯覚)。
○「女の勘」に代表される、他人の嘘を直感で見破る能力。
○効果のない薬(偽薬)であっても、もっともらしく投与することで効き目があるプラシーボ効果。
○実際の練習にも劣らないイメージトレーニングによる効果。
○悲しい映画で主人公に感情移入し、思わず涙する。
○どうしても色眼鏡で物事を判断してしまう。
○好調と不調の波を繰り返しながら新しい技術を身につける。

 これでもほんの一部です。一言で伝えやすい事例から印象深いものだけ並べました。
 こういった事象・現象がボディ・マップで裏付けられてしまうと、いい意味での「あきらめ」が生まれます。ボディ・マップがはたらいているのだから仕方がない、といった感情です。だからこそ、ボディ・マップのはたらきを前提として物を考え、行動を起こすことが可能になります。他人に対して許容できるようになります。
 また、こうした事例を読んでいると、「○○もボディ・マップで説明できるのでは?」と頭が思考を始めます。事例を思い浮かべて検証していきピタッとはまったとき、何とも言えぬ快感を感じます。その快感は普通の読書では味わえない、贅沢なひとときでした。

 すばらしい本なのですが、1点注意があります。それは“痛い”表現がたびたび登場することです。ひどい表現が使われているというのではなく、ホラーとかスプラッタとかの文字通り“痛さ”を感じる表現です。
 文中で病気や怪我の事例がしばしば、むしろ頻繁に登場します。描写が生々しく、読んでいる僕自身、体がムズムズしてきました。生々しい“痛い”表現が苦手な人は、読むのが辛いかもしれません。僕はここで読むスピードがグッと落ちました。
(ちなみに“痛い”表現を読んで痛みを感じるのも、ボディ・マップのせいだとか。)

 DNAの発見は生物学に大きな功績をもたらしました。同様に、ボディ・マップは心理学に大きな功績をもたらすだろうと言われています。ボディ・マップを知ると、心と身体は切り離せない。つまり、互いに影響しあっている存在であることが非常によくわかります。
 この『脳の中の身体地図』では、ボディ・マップを通じて、心と身体の仕組みを紐解いています。
 ボリュームはあるし、専門用語は出てくるし、“痛い”記述があるわで、読み切るのに骨が折れます。それでも、この興奮体験はなかなか味わえるものではありません。「自分だけの秘密を知ってしまった」興奮です。そんな興奮を味わいたいならば、ぜひお勧めの1冊です。

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生活人新書『一滴の血液で体はここまで分かる』

著者:奈良信雄
発行:NHK出版

 

 血液内科学・臨床検査医学を専門とするお医者さんが書いた「血液」解説本です。タイトルの通り、一滴の血液さえあれば、健康状態・生活状況・潜伏中で発症待ちの病などが読み解けてしまうことを解説しています。

 タイトルでは「一滴の血液で~」と煽っていますが、それほど驚きの内容が書いてあるわけではありません。予想の範囲内です。こういった書物を初めて読むならば、物珍しさもあって楽しめるかもしれません。残念ですが、その程度です。

 強いて特徴を挙げるならば、独特の感性で綴られた比喩表現です。

 火事にたとえれば、大火になる前のボヤのうちに火事を発見し、鎮火できるのだ。いや、ボヤさえも予防できる。いわば血液検査は火災検知器なのだ。
(血液検査の重要性を語った文で)

 あたかも一寸法師を飲み込んだ鬼の胃袋がチクチク痛むようなものだ。
(異物を処理する白血球が炎症の原因となることを説明した文で)

 毎日三合の酒を飲み続けることは、肝臓がボディブローを休みなく受けているのと同じことなのだ。どんな強靱な肝臓だって、ヒーヒー悲鳴を上げて泣いているだろう。それを知らないのは当人だけだ。
(「俺の肝臓は強い」と豪語する酒飲みへの警告文で)

 家計を知るのに、ゴミを調べればある程度は推測できるだろう。だが、正確ではあるまい。ゴミを出し忘れることだってある。どこかよそのゴミ箱に捨てるかもしれない。家計を知るには、ゴミを作る大元の収入と支出を家計簿で調べる方が正確だろう。
(尿よりも血液を検査する方が効果的であることを語った文で)

 すべて1章から引用しました。唐突に挟み込まれる比喩にひるみます。しかも、伝えたい内容と比喩表現が若干ずれているのも、また面白さを際立てます。
 この比喩表現は一見の価値ありです。

 最後に不満を1つ。
 医学・健康系統の啓蒙書を読んでいますが、この本に限らずどれもこれも索引が付いていないのが不満です。
 医学を扱う以上、専門用語を登場させなければなりませんし、細かく項目を並べる必要もあります。読んでいる素人の立場からすると「あれ、何だっけ?」ということもしばしば。読者の立場に立ってみれば、索引をつけるのは当たり前だと思うのです。専門家目線の弊害が現れています。
 索引をつける手間。親切ではなく、当然のようにつける慣習が生まれてほしいものです。

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2009年9月27日日曜日

『ダ・ヴィンチ渾身 本気で小説を書きたい人のためのガイドブック』

編著:ダ・ヴィンチ編集部
発行:メディアファクトリー

 

 小説家を目指す人のための指南書です。2003年から2006年にかけて雑誌『ダ・ヴィンチ』に掲載された記事をまとめたものです。

 「小説家指南書」というと、「まずは小説をたくさん読むべし」とか、「書き出しが大事だ」「自分だけの文体があなたの小説の魅力になるのだ」とかいった、定番の「お約束」が並べられているものです。まるでテンプレートでもあるかのように、同じ内容に辟易しさえします。
 ところが、この『本気で小説を書きたい人のための~』はひと味違います。「お約束」も書いてはあるのですが、そんな一般論だけで終わりません。

 本書の最大の特徴は、プロの小説家、書評家、編集者といった小説に関わる人々の生々しい声が収録されていることです。
 現場の生々しい声は他の類書にそう書かれていることではなく、さすが『ダ・ヴィンチ』だと感心せずにはいられません。

 そのラインナップを列挙します。

【小説家】
○わたしがはじめて小説を書いたとき
 金原ひとみ/瀬尾まいこ/滝本竜彦
○わたしはこうして作家になりました
 いしいしんじ/岩井志麻子/浅田次郎/石田衣良/倉坂鬼一郎/
 藤田宜永/藤野千夜/松本侑子/山本文緒
○わたしはなぜ文学賞を目指したのか
 中島たい子/川﨑愛美
○実力派作家が明かす「私の禁じ手」
 高村薫/島田雅彦
○巨匠・筒井康隆の小説作法

【書評家】
○人はなぜ書くのか?
 福田和也/清水良典
○メッタ斬りコンビの新人賞傾向と対策
 大森望×豊﨑由美
○メッタ斬りコンビの新人賞作家ダービー大予想
 大森望×豊﨑由美

【編集者】
○文芸編集者匿名座談会
 よい原稿とダメな原稿はココがちがう!

 「生の声」だけでもこれだけ詰め込まれています。小粒な記事から大粒記事まで取りそろっています。どれも充実の内容です。豪華です。お得感に満ちています。そうそう存在しえるものではありません。

 加えて指摘しておくと、「新人賞」をフォローしているのは、指南書として重要な意味を持っています。つまり、小説を書くためのノウハウだけでなく、プロとしてデビューするための応援を具体的にしてくれているのです。
 その姿勢は、「作家デビューの5つのルート」と表して、1つだけではないデビューの方法を列挙していることにも表れています。

 繰り返しますが、さすが『ダ・ヴィンチ』!と思うのです。

 この本に掲載されている数々の「べからず」を読むだけでも、勉強になります。「小説」という枠だけでなく、「表現」を生業とする人には参考になること間違いありません。
 小説家指南書としてぜひ読んでおきたい1冊です。普通の指南書に飽き飽きしている人にもお勧めです。

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ブルーバックス『「食べもの神話」の落とし穴』

著者:高橋久仁子
発行:講談社

 

「○○の驚異的なダイエット効果!」
「○○を1日に1粒摂取するだけで健康な体が保てます!」
「○○を飲んでサラサラ血液になろう!」

 テレビやCM、雑誌などを見ると、上のような広告をしばしば目にします。科学的な裏付けがあるものから、眉唾なものまで玉石混交です。
 食べ物や栄養素による健康・美容への影響を過大に評価したり、過大に誇示、または過大に信奉したりする態度(逆に過小する場合も有)を「フードファディズム(food faddism)」と呼びます。
 この本は、世にはびこる「フードファディズム」に警鐘を鳴らした本です。

 ここに告白します。
 この本の読み始め、最悪の印象を抱いていました。3分の2、ないしは4分の3くらいまでは、読むのやめてしまおうかと迷っていました。でも、イライラしながらも読みました。
 この本に書かれているのは、「フードファディズム」に陥らないように啓蒙する内容です。当然、世の中に出回る「フードファディズム」を槍玉に挙げ、それを否定しています。
 この「槍玉に挙げて否定してみせる」態度が問題なのです。その態度はあたかも「モグラたたき」。ただただ「こんなの根拠がありません」と叫ぶ――穴から出てくるモグラを虎視眈々と狙い、片っ端からハンマーでたたく――姿が、滑稽にしか映らなかったのです。

 その滑稽さは「素人っぽく」見えてしまう書き方に起因しています。
 「フードファディズム」を否定することは、「バランスのよい食事を摂る」ことに帰着します。至極真っ当な結論です。特別でも何でもない誰でも思いつく結論です。この結論に着地するためには他の尖った部分――フードファディズム――を攻撃すればいい。当然の発想です。
 誰でも思いつきそうな発想を何の工夫もなくやってみせる。これが「素人っぽく」見えてしまうのです。
 しかも質が悪いのが、論じている内容は「世の中の事象を否定する」ことだけ。否定して攻撃するだけならば何も生み出していません。そこには創造がありません。その創造性のなさが、なお一層「素人っぽさ」を際立せます。

 さらにダメ押しのように印象を悪くしている要素が存在します。それは論拠を書いていないこと。
 「○○は体にいい」なんて言っている輩がいるけど、そんなの幻想! ○○だけで健康になれるなんてありえない!――ずっとこの調子です。「ありえない」とはさすがに書いてはいませんが、語気はこんな調子。「素人っぽさ」丸出しです。

 最後の最後になって、この「素人っぽさ」は誤解であることがわかります。むしろ、玄人が過ぎている印象を受けました。

 著者の高橋さんは、「フードファディズム」と疑わしき広告をかつてより収集しているそうです。本書の後半に、昭和60年代からの、いわゆる「○○ダイエット」と呼ばれるダイエット法が列挙されています。その数、なんと148種類!
 数にも驚きますが、収集してみせる執念にも驚きます。
 こういったダイエット法に対して、その広告主や提唱者に電話問い合わせをした様子が描かれています。広告で語らざる部分にカラクリがあることを明確に暴いています。

 また、「フードファディズム」ではない、「バランスのよい食事」を例示しています。具体的なデータを挙げながら、作例の注意点を丁寧に解説しています。
 これは実に創造的な仕事です。

 世の中の「フードファディズム」は、効果が疑わしく根拠もない。著者の高橋さんにとって、この結論は、長年にわたる調査と研究で到達したからこそ揺らぎないものなのでしょう。
 長い年月をかけて到達したからこそ、その途中の課程が省略されて、結論にショートカットできてしまう。「素人っぽさ」あふれる書き方は、実は玄人の技なのでした。
 数学における証明で、数学者が「明らかに……」「同様にして……」と書いてしまう感覚と似ているのかもしれません。プロの数学者にとっては「明らかに」「同様にして」ショートカットできるのです。

 調査しているのか、論拠はあるのか。そういった疑念を抱きながらこの本を読む必要はなさそうです。玄人の技に裏打ちされています。大丈夫です。安心して読んで構いません。
(だからといって、すべてを鵜呑みにしていいわけではありません。充分調査済みなのだけど、首をひねりたくなる結論も見受けられました)
 とはいっても、読み手に優しい書き方はあるはず。著者である高橋さんには、次回作では、読み手を不安にさせない書き方をしていただければと思います。一読者からのささやかな願いです。

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中公文庫『新星座巡礼』

著者:野尻抱影
発行:中央公論新書

 

 夜空に浮かぶ星座。星座や星の見つけ方、ならびにそのエピソードを解説した本です。
 しかし、ただの解説書ではありません。
 それはまるで「星の詩(うた)」。詩を詠うごとく綴られた言葉は、読者を異世界へと誘います。蛍光灯の下で文字を追いかけていても、気分は星空の大地の下。文学作品を読んでいるような心地です。

 著者は野尻抱影。明治から大正・戦争期を経て、昭和を生きた人物です。中学時代、星の魅力――特に、そのときに見たオリオン座の美しさ――に惹き込まれ、生涯に渡って星の魅力を伝えてきました。

 マンガ『宙のまにまに』や、その著者である柏原麻実さんの著書『宙のまにまに 天体観察「超」入門』でその存在を知り、今こうしてこの本を読むに至っています。

 野尻抱影が亡くなって30と余年。
 亡くなった平成の世でも、その著書が残っていて、自由に読めるという状況に喜びを覚えます。天文分野では「古典」ともいえる存在ですが、「古典」として生き残っている事実は、すなわち、野尻抱影という存在の偉大さを指し示している証左でもあります。

 僕などは『宙のまにまに』などで感化されて「にわか天文ファン」になったわけです。きっと僕のような「にわか天文ファン」もいることでしょう。
 こうして生まれた「にわか天文ファン」は、時にその世界を広げる行動をとります。夜空を見上げきらめく星を眺めたり、プラネタリウムで星のロマンに感動したり、天文関連書を読んで雄大な世界の存在を知ったりします。
 こんな「にわか天文ファン」が日本の天文書の古典であり原点である「野尻抱影」に触れるのは、決して小さくない経験であると思うのです。「にわか」から脱出するきっかけになりえます。

 野尻抱影は亡くなっていても、その著書は生きています。僕らに残された「自由」に感謝を抱きつつ、他の著書で再び異世界へと飛び立ちたいです。

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2009年9月18日金曜日

『ゲームホニャララ』

著者:ブルボン小林
発行:エンターブレイン

 

 コラムニストであるブルボン小林さんによる「ゲーム評論」第2弾です。『週刊ファミ通』に連載しているコラムを厳選・加筆し、再び編集を加えたものです。

 この『ゲームホニャララ』には懐かしいゲームが数多く登場します。メジャーなものからマイナーなものまで多岐に渡ります。けれども、(本文で強調している通り)「懐古」に浸っているわけではありません。
 ゲームに当たるスポットライトの角度を変えれば、壁に映る影は変化する。光の絶妙な当て方と、そこから生じる影を教えてくれているのです。立方体から正方形や長方形の影が生まれるだけでなく、正六角形の影ができるという「意外性」が面白いのです。その「意外性」には面白さや驚き、時には感動をも孕みます。
 そんな「意外性」はまだ語り尽くされてはいない、とブルボン小林さんは述べています。

 例えば、こんな内容のコラムが掲載されています。
 「マリオ」の生みの親である宮本茂さんがフランスの「シュバリエ勲章」を授与した話題から口火が切られます。以下はそのコラムの要約です。

 ゲーム好きにとって「マリオ」が偉大なゲームであることは当然の事実。けれども、その偉大さを、ゲーム業界の「外」の「誰か」が称えてくれたことを、ゲームファンは喜ぶべきである。同時に、マリオを上手に面白がった我々も評価されたともいえる。とりもなおさず、ゲームが、映画表現などと比べ「能動的」な表現だからである。

 ゲームが持つ「能動性」に注目し、宮本茂さんの勲章授与を我が事のように誇ってもいいのだ、と論じるコラムです。ここに着地するその視点だけでも唸らされるのですが、ゲームの能動的に面白がることを喩えた次の比喩が慧眼です。

 最初のクリボーはいつだって上手に踏まれることを待ってる。「我々に」だ。
(p.136より引用)

 明示されはいませんが、初代『スーパーマリオブラザーズ』のクリボーを指しているのしょう。
 このクリボーを、ルール(横からぶつかってははいけない、上から踏むと倒せる)に気付かせるための「チュートリアル」の視点で語る論調はよく見かけます。けれども、このクリボーを「ゲームを能動的に面白がる」象徴として評価したものは見たことがありません。クリボーに当たった光は、意外な影を映し出しているのです。

 かねてよりブルボン小林さんの著作を読んできました。読む度に、その洞察力・考察力・発想力にうならされます。
 小説やマンガ、音楽や映画、そして、ゲーム。こういった数々の「事物」にふれて感情が揺り動かされた、まさにその瞬間を逃さないのでしょう。「面白い」とか「なぜだ」とか「すごい」とかの心の動きを引き起こした原因を追いかけ、その原因を言語化してみせる。その技術に賛嘆するばかりです。

 最後に「あとがき」から僕がグッときた1文を引用して締めくくります。この一言にグッときたならば、ぜひこの『ゲームホニャララ』を手に取ってみることをお勧めします。たとえ、ゲームを嗜むことがない、としてもです。

 僕の好きな誰かに、僕の好きな世界(ゲーム)に触れてほしいのだ。
(p.222より引用)

■自分の読書記録よりブルボン小林(長嶋有)さんの本

○『電化製品列伝』(長嶋有・名義)
 小説(など)に登場する電化製品に注目した、長嶋有さんによる世にも珍しい書評です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_04_01_archive.html#1481613097179981111

○『ぼくは落ち着きがない』(長嶋有・名義)
 高校の図書部に所属している主人公・中山望美が他の部員と過ごす学校生活を描いた小説です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#3142205083152618921

○『ブルボン小林の末端通信 Web生活を楽にする66のヒント』(ブルボン小林・名義)
 Webにまつわるくだらない話を本気で語ったデビュー作。「くだらない」かもしれないけど、対象を見つめる考察力は存分に発揮されていて、「考えるヒント」に満ちています。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#731166607335799412

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岩波アクティブ新書『子どもと始める囲碁』

著者:安田泰敏
発行:岩波書店

 

 この投稿のいくつか前に『子どもを育てる碁学力 「ヒカルの碁」から始める教育術』を紹介しました。ジャンプで連載されていた『ヒカルの碁』を引き合いに出し、囲碁の教育的価値を解説した本です。その本の紹介の中で、内容的な不満を書き記しました。その不満とは
「教育的観点から囲碁を勧めているのに、子どもを囲碁に導くための声かけや手順・コツが書かれていない」
ことです。

 こんなことを書き記した数日後、この『子どもと始める囲碁』に出会いました。結論から書けば、タイトルに恥じることのない充実した内容でした。出会って正解。大満足です。

 著者である安田泰敏さんはプロ九段の実力者です。そして、全国の教育施設や養護施設を精力的に巡り、囲碁の魅力を子どもたちに伝えています。その数、子どもだけで10万人以上というから脱帽です。
 この本には、実践から生まれたノウハウが詰まっています。

 1つ1つのノウハウも本当に素晴らしいのですが、安田さんを貫く「信念」めいた姿勢がそのノウハウなんかよりはるかに素晴らしいのです。その信念とは「とにかく褒め称える」ことです。そして、「教えすぎない」ことです。

(以下の内容は、囲碁のルールを知っていることを前提にした書き方になっています。ルールを知らない人は雰囲気だけ読みとるか、ここなどでルールを先に学んでから読んでください。)
 本書の中で「五歳の幼児でも、1分も教えたら囲碁大会ができます」と述べています。その1分で教える内容というのが、どうも
 ・石は線と線の交差点に打つ
 ・黒、白、黒、白、……と交互に打つ
 ・周りを石で囲んだらその石を取れる
という3つのルールだけです。そして、「先に石を1個でも取った方が勝ち」という勝負をさせます。

 1個の石を囲むのには4個の石が必要ですが、2個隣りあった石を囲むには(1個のときより2個増えて)6個の石が必要です。石を取られないようにするには、石をつなげていくのが基本戦略です。囲碁を知っている人には当然の事実ですが、このことを「あえて」教えないようです。自分で発見する余地を残しているのです。
 子どもたちは勝ちたいが故に自力でこの事実に到達します。その瞬間を逃さず「褒める」。それもオーバーにです。本書の中には、しばしば「これができたら天才!」という記述が見られます。

 大人は先に生まれたがために、つい教えすぎてしまうことがあります。それは、先達から知らざる者への伝授です。この「余計な伝授」のせいで、子どもたちを褒めるチャンスを失っています。「余計な伝授」が芽を摘んでいる可能性を孕んでいることをもっと僕らは自覚すべきでしょう。
 本書でそのことに気付かされました。
(その本が1つのテーマについてのみ書かれていたとしても、その本が良書であれば、そのテーマだけに収まらない普遍性を持っているものですね。しみじみと感じさせてくれました。)

 「教えない」といえば、幼稚園児に禁じ手を伝えるエピソードがユニークでした。教えるのではなく、その合理性に気付かせる。教えてしまうのは必ずしも万能ではないことが、よくわかります。ネタバレしたくないので、ここには詳しくは書きません。顛末は本書の52ページで確認してください。

 こうやって喜びと発見を積み重ねて、少しずつステップアップします。9路盤で打てるようになるまで導いていくのです。よく考え込まれた導入の道筋は「アッパレ!」の一言に尽きます。

 「子どもに囲碁を教えたいけど、どう教えたらいいのだろう……」と考えている大人にはこれ以上ない絶好の1冊です。
 その子どもにとって「初めて」は1回しか存在しません。その1回を大事にするためにも、こういった本で予習しておくことは有意義です。囲碁の指導を一から始めたい人にお勧めです。
 もちろん、「今まで囲碁をしたことがないけど、子どもと一緒に囲碁を初めてみたい」人にもお勧めできます。むしろ、初心者が囲碁のルールを学ぶのにわかりやすい記述となっています。ルールを知っている人が読むと冗長な感じがするくらいに丁寧です。

 以前紹介した『子どもを育てる碁学力 「ヒカルの碁」から始める教育術』で囲碁の教育的意義を知り、この『子どもと始める囲碁』でそのスタートを切るのがいいでしょう。
 素敵な囲碁ライフを送れますように!

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『ラブコメ今昔』

著者:有川浩
発行:角川書店

 

 この抜群の安定感、抜群の安心感といったらたまりません。

 今まで有川浩さんの本を何冊も読んできました。『阪急電車』で出会い、『図書館戦争』シリーズは「別冊」まで含め6冊読破、短編集である『クジラの彼』も読みました。途中ヤキモキさせる場面があっても、着地点は必ずハッピーエンド。
 確か『ダ・ヴィンチ』でのインタビューだったと記憶しているのですが、こんなことを語っていました。自分の生み出したキャラクターには皆、幸せになってほしい。そんな内容の発言です。
 この有川さんの姿勢を、僕は「絶対幸せ主義」と密かに呼んでいます。

 そんな有川さんが書いた『ラブコメ今昔』。これは6本の小説が収められた短編集です。
 その1本目が、まさに『ラブコメ今昔』という表題の小説。二等陸佐・今村和久を主人公とする物語です。そんな今村の元に広報自衛官・矢部千尋が取材を申し入れます。取材内容は「ナレソメ」。「ナレソメ」なんて恥ずかしくて話したくない今村が千尋から逃げ回ります。今村と千尋の攻防をめぐる物語です。途中で語られるナレソメ話も素敵だったのですが、物語の締めである着地地点に衝撃を受けました。着地地点であるハッピーエンドの中身が想像の上を軽く飛び越えていったのです。読み直してみれば、結末を示唆する記述内容もあったのですが、初見ではまったく気付けませんでした。

 ハッピーエンドであることが約束されているいるのに、驚きがある。いわば、安定に守られた(ポジティブな)裏切りです。安全であることが保障されたジェットコースターみたいなものでしょうか。トンネルを抜けたら素晴らしい景色が見えるのだけど、期待をはるかに越える素晴らしさだったときの驚きでしょうか。(う~ん、いまいちな喩え……)
 ハッピーエンドが約束されている以上、展開はある程度予想ができます。これは仕方のないことです。けれども、それであるにも関わらず驚きがある。予想の上を行く。何気ないようで、すごいことです。

 小説やらマンガやらストーリーにあるものをいろいろと読んできた中で、こういう驚きを味わった経験はなかったように思います。物語の可能性の大きさをまた1つ気付かされた一件でした。


○過去の投稿記事より
 年月が経るごとに長分化しているので、昔のはあまりにも書いてあることが少ないです。

・『阪急電車』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_04_01_archive.html#5200062977122927294
・『図書館戦争』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_05_01_archive.html#2702532546286127559
・『図書館内乱』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#1426855867102641301
・『図書館危機』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#7175300109289873367
・『図書館革命』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#1048603734344178558
・『別冊 図書館戦争I』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#6303529040333743688
・『別冊 図書館戦争Ⅱ』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_08_01_archive.html#3539274180569091079
・『クジラの彼』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_12_01_archive.html#3724386376183350190

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