2009年12月24日木曜日

『ザ・コピー・ライティング――心の琴線にふれる言葉の法則』

著者:ジョン・ケープルズ
監訳:神田昌典
訳:齋藤慎子、依田卓巳
発行:ダイヤモンド社

 

 反応をより多くし売り上げ向上につなげる広告を書くためのノウハウがまとめられた本です。いわゆるビジネス書・実用書にあたります。
 ここでいう広告とは、チラシ、新聞・雑誌の広告、DMといった紙ベースの広告です。

 著者であるジョン・ケープルズが重視するのは、とにかく結果。反応や売り上げの成果です。「おそらく」「なんとなく」といった根拠のない判断を排除します。繰り返し繰り返し実戦テストを行い、評判の芳しくなかった宣伝をふるい落とし、生き残った宣伝を集め、エッセンスを抽出し、磨き上げた手法を大事にします。
 数年に渡ってケープルズの集めた手法が、惜しげもなくこの本で公開されています。
 「効果的な見出し3パターン」「見出し成功例10本」「成功した見出し4つの秘訣」「35の見出しの型」「お薦めのコピー13タイプ」「コピーの売り込み効果を高める20の方法」「こうすればもっと問い合わせが増える32の方法」――ここに掲げたすべてが掲載されています。どれも複数回のテストに耐えた手法ばかりです。
 こういった手法解説の合間合間に具体例が数多く掲載されています。成功例だけでなく失敗例もたっぷりです。読者である僕らはその具体例を確認しながら1つ1つ手法を身につけることができます。
 こういった手法を身につけることで、僕らは自信と確信を得ることができます。少なくとも、地雷の存在を確認しながら進むことができます。地雷の存在を知って進むのと、知らずに進むのでは大きな違いです。絶対的に成功率が高まります。
 ケープルズが書き記しているのは広告そのものだけではありません。多くの会社に生息すると思われる「私の経験によると~」なんかと口にしながら、おそらく&なんとなくで判断する上司に対抗する手段まで書いているのです。実にユニークです。現場で活躍し続けたケープルズだからこそ書けた芸当です。

 この本で気に入った点は応用範囲の広さです。懐の広さと表現してもいいかもしれません。
 特定の業界であるとか、特定の媒体とか、そんな限定がありません。しかも、応用範囲は紙ベースの広告にとどまりません。
 「目を引く」「興味を持ってもらう」ことを目的とするのであれば、本のタイトルや帯、商品紹介のポップ、記事のタイトルにも活かせます。ウエブやメールでリンクをクリックしてもらう目的でも、このノウハウは生きてきます。ツイッターでリンク先に誘導するのにも応用できそうです。テレビやラジオのCMは言うには及ばず、さらには営業マンのトークにも有効だと思うのです。
 つまり、この『ザ・コピー・ライティング』がカバーするのは、読者に次の行動を促すものすべて、だといえます。ノウハウを寄せ集めただけの巷にあふれるビジネス書とは比べものになりません。

 しかし、残念ながら不満がないでもありません。
 なんといっても重複が多い! 念を入れるとか復習のためにとか、そういった読者のためではありません。版を重ねて書き足していくうちにといった感じの重複です。同じことを同じような言葉で繰り返すのには辟易します。
 章ごとにバラバラな印象も受けました。導入の文章から始まる章、まとめで締めくくる章、そのどちらも存在しない章。見事にバラバラです。
 訳語の不統一感も気になりました。複数人で翻訳している以上仕方がないのでしょうが、後半を担当している人の「横文字好き」ぶりはいかがなものかと。自然な日本語が思いつかなかったから、横文字のまま逃げた感じが行間・文字間からにじみ出ています。

 翻訳書にありがちな読みにくさは拭えません。それでもこの『ザ・コピー・ライティング』は読むに値する良書です。日本人が書いた類書もおそらく存在するのでしょうが、少なくともこの本は読んで損はしません。
 目を引くための手法はどんな職業であれ必要とするスキルです。そんなスキルを学びたい多くの人にオススメです。

 最後にどうしてもツッコミを入れたいことを1つ。
 サブタイトルの「心の琴線にふれる言葉の法則」。このサブタイトルそのものが、失敗例をきれいになぞったものになっているという大失態。
 どんな失敗例かって?
 それは読んでのお・た・の・し・み、ってことで!

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2009年12月22日火曜日

新潮文庫『ウケる技術』

著者:小林昌平、山本周嗣、水野敬也
発行:新潮社

 

 「ウケる技術」を分類、体系化し、コミュニケーションスキルの向上を目的とした本です。……なんですが、どこまで本気なのか僕にはつかめません。
 体裁はいたって真面目然としています。なのに全体のトーンが常に滑稽。「ウケる」ことを目的としているので、実例も必然的に「ウケ」をねらってきます。それが滑稽さを生む原因となるのでしょう。

 掲載された「ウケる技術」の数は40。加えて8つの「ウケるメールの技術」もまとめられています。
 1つ1つは「なるほどなぁ」と思わせるものです。しかし、これをまとめて習得するのは不可能。一気に身につけるのではなく、自分の得意の型を作るところから始めるのがいいのではないでしょうか。自分の型を見つけるのに、こういった技術をまとめた本はありがたい存在です。
 もしかしたら、小説やマンガなど物語を表現する人にとって福音の書になるかもしれません。キャラクターづくりの参考となりえます。

 この本を読んで何かが劇的に変身することはありません。けれども、困っている人の指針となります。「ウケ」でコミュニケーションを円滑にしたい人は手に取ってみてはいかがでしょうか。

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2009年12月19日土曜日

生活人新書『大人の英語発音講座』

著者:英語音声学研究会
  (清水あつ子、斎藤弘子、高木直之、小林篤志、
   牧野武彦、内田洋子、杉本淳子、平山真奈美)
発行:NHK出版

 

 英語の発音とリスニングについて、日本人が陥りがちな過ちを取り上げながら詳しく解説した本です。

 発音記号は便利ではあるけれど、決して万能ではないことがわかります。意識はしていないけど耳に馴染みのある具体例が並べられ、そのおかげで1つ1つの解説に合点がいきます。
 "pudding""Get up!"が「プリン」「ゲッラップ!」と発音される理由も、"twenty"が時に「トゥエニー」と書かれる理由も氷解します。"umbelievable"を「アンビリーバボー」と"l"の音を表記しないのも全く問題ありません。「ロックンロール」を表す"rock'n'roll"が単純な略語ではなく、発音上、自然であるのもわかります。
 こういった学校であまり教わることのない、英語発音上の原則が登場します。

 日本語と英語の違いを示す事例も白眉でした。「大きな古時計」の日本語詩と英語詩を並べて、その違いを明確にしました。
 日本語詩で「おーおーきなのっぽのふるどけい おじいーさんのとけいー」の部分。この部分に合わせて、次の英語詩を歌ってみてください。

My grandfather's clock was too large for the shelf,so it stood ninety years on the floor.

 歌えましたか? 英語詩の方が無理に詰め込んでいるわけではなく、これが英語にとっては自然なのです。
 そんな英語と日本語の違いもはっきりします。

 目から鱗な解説が数多くあった中で個人的に一番ヒットだったのは、「単母音+子音」で終わる動詞にingを付けるとき、その子音を重ねる理由です。長年の疑問がようやく解けました。131ページを中心にその理由が書かれています。気になる方は、ぜひご自身の目で確認してください。

 本のタイトルに「大人の~」とありますが、現役中学生・高校生にもオススメです。もちろん英語の指導に当たっている先生にも読んでいただき、指導に活かしてほしいところです。うまく説明できれば、尊敬を集められるかもしれませんよ!?

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文春文庫『われ笑う、ゆえにわれあり』

発行:文藝春秋
著者:土屋賢二

 

 「笑う哲学者」こと土屋賢二さんの処女作となるエッセーです。デビュー作品からトバしてます。

 この面白さを伝える方法も技量も、残念ながら僕には持ち合わせていません。ここはひとつ、本文から文章を引用してくることで、その面白さを伝えることに変えたいと思います。

 献 辞
 本書を完成できたのは、多くの人々のおかげである。それどころかこの人々がいなかったら、そもそも今のわたしというものがありえなかったと言っても過言ではない。苦しみ、悩み、トラブルをいまのわたしがもっているのも、経済力、自由、明るさといった貴重なものをいまのわたしがもっていないのも、すべてこの人々のおかげなのである。もしこの人々がいなかったら、そして忠告や助言をいただかなかったら、本書は今日よりずっと以前に完成していたことであろう。

(3ページより引用)

 すべてがこの調子です。
 笑いのタネは身近にあるものすべて、ご夫人・同僚・学生など多岐に渡ります。ワープロや洗濯、タバコにも目が注がれます。愛や老化、健康といった抽象的な概念にも及びます。そして、女性をテーマにした(というよりおちょくった)エッセーは定番です。

 巻末に柴門ふみさんによる解説が掲載されています。
 柴門さんは土屋先生の教え子だったとか。教え子である柴門さんからみた土屋先生の人となりが見えてきて、ようやく「土屋賢二」という実像が見えてきた気がします。なんせ、この人は自分自身すらもおちょくって、笑いのタネにしてしまう方ですから。

 読んで損はありません! 漫才やコントとは違うお笑いの世界が待っています。オススメです。

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『魅了する無限 -アキレスは本当にカメに追いついたのか-』

著者:藤田博司
発行:技術評論社

 

 「無限」をテーマにした数学書です。とはいっても専門書や教科書ではなく、一般に向けたものとなっています。
 「1=0.9999……」やヒルベルトホテル、ラッセル集合、カントールの連続体仮説など無限にまつわる定番のネタは網羅しています。ゲーデルの不完全性定理には深く踏み込まず、軽く触れる扱いです。
 特に「ペアノの公理」で自然数を定義してから、自然数→整数→有理数→実数→複素数と順に定義していくくだりがきれいにまとまっています。実数の集合が可算集合ではないことを示す説明も、いわゆる対角線論法を使わずユニークな方法で語っています。
 ただし、表題にある「アキレスは本当にカメに追いついたのか」には答えていません。引っ張って引っ張って、結局答えを出さずじまい。正直、ズッコけました。あえて答えていないのか、それとも答えられないのか。僕には判定できませんでした。

 「無限」をテーマにした数学書を読むのが好きです。
 数学の中でもロマンのある面白いテーマだから、というのが1つの理由です。比喩やたとえ話など作家の工夫の余地に満ちています。
 もう1つの理由が、その記述を読めば筆者の見地が伺えるところです。複雑なテーマを正面突破で扱うのか、巧みにボヤかすのか。そういった姿勢が浮かんでくるのです。「ああ、実はこの人、よくわかっていないで書いているなあ」なんてのもバレてしまいます。
 その意味では「アキレスとカメ」のテーマにも簡単には手を出せません。自信満々に手を出して火傷するところを散々見てきました。「アキレスとカメ」を扱った本をいろいろと読んできて、ゴマカさずきちんと答えきった本に僕は1冊しか出会っていません。
 2冊目の出会いを求めて関連書をむさぼっているのですが、その出会いはまだ果たせていません。

 校正不十分なのか勘違いなのか(数学的な)微妙なミスも散見されますが、全体としては読みごたえのある本です。無限について珍しいアプローチの解説を求めたい人はどうぞ。

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2009年12月5日土曜日

『クヌース先生のドキュメント纂法』

著者:ドナルド・エルヴィン・クヌース、トゥレイスィー・リン・ララビー、ポール・モリス・ロバーツ
訳者:有澤誠
発行:共立出版株式会社

 

 パソコンで数式を美しく表現するTeX(テフ)というソフトがあります。そのソフトの生みの親、ドナルド・E・クヌース。「コンピュータの神様」とも呼ばれ、世界中で尊敬を集めている人物です。
 そのクヌースが1987年にスタンフォード大学で「数学作文法」という講義を行いました。その講義を下敷きに出版したのが、この『ドキュメント纂法』です。
 「纂」は「算」の誤字や旧字体ではありません。「纂」は「集める」「編集する」といった意味です。つまり、『ドキュメント纂法』とは、文章を書くための作法・心構えを広く集めた本であるといえます。

 とはいってもただの文章術の解説ではありません。類書にない特徴が3つあります。
 「数学作文法」の講義が発端であるように、数式を交えた文章(レポートや論文)の書き方の注意が細かくなされています。これが第1の特徴です。原文が英語なので、日本語レポートや論文にはそぐわない注意も多いのですが、それを補ってもなお傾聴に値します。
 第2の特徴は、「コンピュータの神様」らしくプログラム作法やPCでの表現に言及していることです。他で見られない記述が多く、読む価値は十分です。
 第3は、講義を基に原稿を起こしているので、ライブ感が全体に漂っていることです。親しみ度が違います。また、クヌースだけが講義しているのではなく、ゲスト講師も登場します。そのゲスト講師の存在が講義の内容幅を持たせています。

 僕がこの本に興味を持ったのは、Twitterで『数学ガール』の結城浩さんのつぶやきを読んだからです。数学混じりの文章を書くならば、『Mathematics Writing』(ドキュメント纂法)を読むべきとの内容でした。
 まさにおすすめの通りでした。反復になりますが、数式を含む文章(レポート・論文・書籍)を書くのであれば、一度は目を通すべき1冊です。

 ところで、この本の後半、131ページから「Mary-Claireの作文課題プリント」なる作文講義が登場します。この作文課題プリントは、作文技能を向上させるためのエクササイズです。大項目だけで12にわたり、その数は多いのですが、知られていない課題も多く、もっと広く知られていい内容もあります。
 原文は英語であるため、そのまま日本語のエクササイズになりえない課題も散見します。原文と翻訳を参考にしながら、この「Mary-Claireの作文課題プリント」を再編集しました。ブログにアップしたので、興味のある方はご覧ください。

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『ツチヤ学部長の弁明』

著者:土屋賢二
発行:講談社

 

 著者である土屋賢二さんはお茶の水女子大学で哲学を専門として教鞭を執っています。哲学が専門といえど、この本には堅苦しさが微塵もありません。どのページをめくっても炸裂するジョーク。「笑う哲学者」の異名はダテではありません。

 本書を読んで、こういう笑いの取り方にあこがれを抱きました。……いや、どんな「こういう笑い」なのかと問われると、説明は困難なのですが。
 ダジャレやギャグで笑わすわけではありません。真顔で面白いジョークを言うイメージと言いましょうか。読者の「次はこう来るだろう」という予想をことごとく変化球で裏切るのです。予定調和なんて存在しません。
 1つだけ具体例を挙げてみます。土屋さんが学部長に就任し忙しくなり、劣悪な生活になったことを述べた後での一幕です。

 電車で読む本にしても、以前のようにミステリーや哲学論文を読みながら居眠りするという余裕がなくなり、議事録や報告書を読みながら居眠りするようになりました。
(32ページより引用)

 ……ここだけ抜き出して、面白さがうまく伝わっているでしょうか。伝わっていない気がしてなりません。僕の笑いの沸点が低いわけではないはずです。本で読むと面白いのです。
 こういったジョークが畳みかけるように襲いかかってきます。ジョークの波状攻撃です。

 うーん、説明すれば説明するほど、弁解しているようで説得力が落ちますね。
 本当に笑えます。本当に、本当なんです! おすすめです!

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『すごい言葉 実践的名句323選』

著者:晴山陽一
発行:文藝春秋

 

 英語の名言を集めた本です。とはいっても人口に膾炙した有名な名言を並べたのではなく、どちらかといえば知名度の低い名言です。世に埋もれている名言を丁寧に拾い集めています。類書との大きな相違点です。

 本書からその名言をいくつか引いてみましょう。

 はじめに引用するのは「人間」について述べたこの名言です。人間の限界をさらりと表現するだけでなく、人間のエゴをも伝えています。

Man is a complex being: he makes deserts bloom --- and lakes die. (Gil Stern)
人間は複雑な生き物だ。砂漠に花を咲かせる代わりに、湖を涸らす」(ジル・スターン)
(34ページより引用)

 次に「死」について扱ったこの名言です。突拍子もない突き抜けたたとえが、些末な出来事に躊躇しているちっぽけな僕らの背中を押してくれるようです。

The crash of the whole solar and stellar systems could only kill you once. (Thomas Carlyle)
たとえ太陽系と天体の全部が壊れたとしても、君が死ぬのは一回きりだ」(トマス・カーライル)
(27ページより引用)

 今度はウイットに富んだ名言を1つ。「健康」の項目からの引用です。英語名言らしいクスリと笑える内容です。

Eat as much as you like --- just don't swallow it. (Steavens Burns)
好きなだけ食べよ。ただし、呑みこむな」(スティーヴンズ・バーンズ)
(151ページより引用)

 このような名言が323句、コメントとともに掲載されています。英語を原典としていますが、すべてに丁寧な日本語訳が付いています。
 その訳は自然な日本語を意識した意訳。その意訳と元の英語を比べるのも理解が深まります。

 名言を収集し、コメント・訳を添えているのは晴山陽一さん。この本を読むまでは、英語学習本を書く方という印象を持っていました。『英単語速習術』『英熟語速習術』『たった100単語の英会話』といった著書を目にしたことがあったからです。
 実際、英語教材の開発も行っていたのですが、今では出版社から独立。『独立して成功する!「超」仕事術』といった本も出版して、マルチに活躍しているようです。

 教養を深めるのにもいいのですが、英語を学習するための例文集としても活用できそうです。本書の助けを借りれば、気の利いた文法や単語を解説する例文をいくつも作れます。おすすめです。

 最後に、この名言を引用して締めくくります。思考停止には陥りたくないものです。

There are two ways to slide easily through life; to believe everything or to doubt everything; both ways save us from thinking. (Alfred Korzybski)
ラクに生きる術が二つある。すべてを信じるか、すべてを疑うかだ。どちらの場合も考えずにすむ」(アルフレッド・コージブスキー)
(117ページより引用)
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2009年11月30日月曜日

『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』

著者:上田惇生
発行:ダイヤモンド社

 

 この『ドラッカー入門』を通読した今、この人物を形容するうまい言葉が見つかりません。どう紹介したら伝わるのか、キーボードを前にして困惑しています。

 ピーター・ファーディナンド・ドラッカー。1909年に誕生。2005年に惜しまれつつ95歳で鬼籍に入りました。生涯にわたって扱ってきたテーマは多岐にわたります。ドラッカーが扱ってきたテーマを本書に書かれたままに引用します。

社会・政治・行政・経済・統計・経営・国際関係・アメリカ・ヨーロッパ・日本・宗教・歴史・哲学・倫理・文学・技術・美術・教育・自己実現
(ixページより引用)

 尋常ならざる守備範囲の広さです。どの分野においても超一流だったといいます。観察力・考察力・表現力に優れ、数多くの著書・論文を生み出す原動力になりました。
 ドラッカーの多才さについて、この本の著者である上田さんは次のように表現しています。

 それら異分野のものが出会い、衝突し、合体し、融合し、爆発していたのが、ドラッカーの頭の中である。
(ixページより引用)

 ドラッカーは自分自身について、規制の学問体系による○○学者という自己規定をしない。いかなる分野も中心に位置づけることを嫌う。あらゆる分野が有機的に絡み合い、あらゆる分野があらゆる分野に関わりを持っているからである。そして、あらゆるものが無数の側面を持っているからである。
(xページより引用)

 ドラッカーが出版した書籍は各国の言語に訳され、どれもベストセラー。会社経営者や社長・経済の専門家といった限られた人物にだけでなく、医者・大学生・NPO職員・政府職員から一般のビジネスパーソンに至るまで愛読されています。
 当然、日本語版も販売されています。ほぼすべての日本語版の翻訳に携わっているのが、この本の著者である上田惇生さんです。ドラッカーのことを語らせたならば、他に右に出る者はいないといいます。

 さて、9月か10月の頃だったでしょうか。『ほぼ日刊イトイ新聞』でこのドラッカーが特集されました。「はじめのドラッカー」という名の特集です。上田惇生さんと糸井重里さんがドッラカーについて語り合ったものです。
 それまでもビジネス雑誌でドラッカーの名前はたびたび目にしていました。しかし、ドラッカーの偉業であるとか、功績であるとか、影響力であるとか、いまいちピンときていませんでした。その理由がこの本のおかげで氷解しました。雑誌の数ページの特集なんかでは、ドラッカーは語り尽くせないのです。ピンとこなかったのも無理はありません。

 『ドッラカー入門』が僕にとってドラッカー初接触となったわけですが、読み終えた今、この本を紹介していたほぼ日の記事に感謝しています。まさに「入門」にふさわしい内容でした。

 ドラッカーをたとえて言えば「名レストラン」です。そこで饗される料理、もとい言論の数々はどれも一流です。どれも名士に愛された折り紙付きの味。しかし、「どれも」というのは初めての客にとっては困惑の材料です。メニューを前に惑うばかりです。
 膨大に立ち並ぶメニューの中から初心者向けのおすすめを紹介しているのが『ドラッカー入門』です。それはまるで良質の「グルメ番組」のようです。
 映し出される名店。おすすめのメニュー。繰り出される巧みなシェフの技。レポーターは料理を口に運び、巧みな言葉でおいしさを表現。こだわりと情熱を伝えたシェフへのインタビュー。付加されるお得情報。興味を持つ視聴者。足は思わず店へ。
 そんなグルメ番組のごとく、『ドラッカー入門』はドラッカーの魅力を伝え、初めての読者を誘うすばらしい本です。しかもただ1つの料理を紹介するだけではなく、いくつもいくつも料理が語られます。ドラッカーの奥深い世界を垣間見ることができ、さらに奥をのぞきたくなる欲求に駆られます。その意味でこの本は「宝の在処を数多く示した地図」であるとも言えます。

 ドッラカーの手がけた仕事があまりに膨大であるために、読者が興味を持つポイントはバラケてしまいます。裏を返せば、どんな読者にとってもドラッカーを活かすことができる、ということでもあります。
 僕自身、強く関心を抱いたのは「知識労働者」に関する記述です。組織内の知識労働者の割合が増加していく世の中にあって、かつての組織のあり方ではたちゆかないことが示されます。知識労働者個人としてのあり方、ならびに、知識労働者を束ねる組織のあり方。そんなことをドラッカーは著書の中で語っているようです。次に向かうべきはその方向と定めています。

 巷にあふれるハウツー本なんかでは味わえない興奮が味わえます。我が身の行動を振り返り、新たに決意や目標が生まれます。知的好奇心が刺激され、自分の中に思考のベースが新たに体系化されます。
 数多くの人にこの興奮を味わってもらいたいものです。おすすめです。


 巻末のドラッカーの著者紹介が壮観です。3~4行ずつで本の内容をまとめてあるので、次に何を読むかを決めるガイドとなります。本文と合わせて参考にするといいと思います。
 僕の目を引いたのは、次の4冊です。

(1) はじめて読むドラッカー〔自己実現編〕
 『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』

(2) はじめて読むドラッカー〔マネジメント編〕
 『チェンジ・リーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』

(3) はじめて読むドラッカー〔社会編〕
 『イノベーターの条件――社会の絆をいかに創造するか』

(4) はじめて読むドラッカー〔技術編〕
 『テクノロジストの条件――ものづくりが文明をつくる』

 早いうちに(1)(2)を読むつもりでいます。読後にはその記録をブログにアップします。

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『お笑い進化論』

著者:井山弘幸
発行:青弓社

 

 お笑い、特に漫才やコントといった舞台やテレビで演じられる笑芸のメカニズムを分析した本です。

 筆者の井山さんがお笑いのメカニズムとして挙げているのは、次の1点に集約されます。
 お笑いの演者は、観客が存在する「現実世界(R世界)」とは異なる「世界」を舞台上に生み出します。現実世界と反するこの世界を「パラレル・ワールド(P世界)」と呼んでいます。観客は少し引いた位置からパラレル・ワールドを眺めます。その距離が近すぎると当事者視点になってしまいます。程良く心理的に離れることで、鳥のような視点で眺められます。そのパラレル・ワールドが現実世界と比較対照されたとき「摩擦」が生じます。その摩擦こそがお笑いのメカニズムです。
 このメカニズムは時に変化します。あるパラレル・ワールドに対して、もう1段階上のメタ・パラレル・ワールドが作られることがあります。はじめのパラレル・ワールドを「P世界1」、メタ・パラレル・ワールドを「P世界2」と呼んで、区別しています。
 「パラレル・ワールド」と「観客との心理的距離」。この2つがお笑いを分析するキーワードです。

 本書の前半で実例を交えながら、こうしたメカニズムを導出しています。導出された後は、ひたすら実例に照らし合わせて理にかなったメカニズムであることが示されます。
 文章でこのようにまとめるとつまらなそうに聞こえるのですが、実際に引き合いに出されるのが「珠玉のお笑い」。決して飽きることはありません。むしろ、もっともっとと要求するようになります。

 その中でも「あるあるネタ」を解説した第4章には納得の連続でした。
 冷静に考えると「あるある」ではないのに、なぜか笑えてしまう。こんなナゾも氷解します。「あるあるネタ」自信が持つ構造に答えがあるのですが……、続きは本書を読んでぜひ感動を味わってください。

 原理とかメカニズムとか仕組みとか、裏に潜むカラクリを説明できないときが済まない人には絶好の1冊です。この『お笑い進化論』を読むと、お笑いの見方が深くなり、お笑いリテラシーが上がることは間違いありません。お笑いに興味があるならば、決して損はさせません。おすすめです。

 それはさておき、こういう文章が国語の入試問題で出題されたら、受験生は喜ぶでしょうね。まあ、緊張に包まれた空間では面食らうだけかもしれませんが。入試問題にふさわしくないのなら、模試で出題してもいいかもしれません。
 全国の国語の先生、チャレンジしてみませんか?

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生活人新書『料理で読むミステリー』

著者:貝谷郁子
発行:NHK出版

 

 著者の貝谷郁子さんは料理研究家でありフードジャーナリストでもあります。料理に関連した本を多数出版しています。料理への造詣が深いのはもちろんのこと、国内外のミステリーも愛好しているとのこと。
 そんな貝谷さんによる著書『料理で読むミステリー』は、海外ミステリーの食事風景にひたすらスポットライトを当てています。その数、26作品。食事の内容から主人公のマメさやいい加減さを読み取ったり、非日常感を感じ取ったりします。

 そんな中、12番目に挙げられているのが、アガサ・クリスティ「ミス・マープル」シリーズより『鏡は横にひび割れて』。添えられた見出しは「元気の素は英国式朝食」。
 沸騰した湯でいれた紅茶、正確に3分45秒間ゆでた卵、きつね色のトースト、添えられたバターとハチミツ。
 『鏡は横にひび割れて』でミス・マープルが食べる朝食の献立です。なんてことのないありふれたメニューですが、「沸騰した湯」「3分45秒」「きつね色」といったディテールが食欲を刺激します。そして、ミス・マープルが朝食を大事にしている様が伺えます。
 全編にわたって、こういった記述が繰り広げられます。

 見所は、ミステリー小説内に登場する料理を再現したレシピです。
 「松の実ライス」「シェリー風味のチキンスープ」「スパニッシュ・オムレツ」「レモンパイ」「ブラックオリーブ入りミートローフ」……といった料理の数々。フィクションで語られた料理が「レシピ」として現実のものになっています。そのレシピを読むだけでも唾液と胃液が湧き出ます。
 なんと、巻末には「料理INDEX」までもが! 著者・貝谷さんの力の入れようが伺えます。(「ミステリー一覧」も同じように巻末に掲載されています。念のため指摘しておきます。)

 貝谷さんのミステリー好き・料理好きぶりが、文字の合間合間からあふれでています。好物に囲まれながらウキウキして書き上げた貝谷さんの姿が浮かびます。
 海外ミステリー好き、料理好きは、ぜひ召し上がるべき、いや手に取るべき本です。

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