2009年9月27日日曜日

『ダ・ヴィンチ渾身 本気で小説を書きたい人のためのガイドブック』

編著:ダ・ヴィンチ編集部
発行:メディアファクトリー

 

 小説家を目指す人のための指南書です。2003年から2006年にかけて雑誌『ダ・ヴィンチ』に掲載された記事をまとめたものです。

 「小説家指南書」というと、「まずは小説をたくさん読むべし」とか、「書き出しが大事だ」「自分だけの文体があなたの小説の魅力になるのだ」とかいった、定番の「お約束」が並べられているものです。まるでテンプレートでもあるかのように、同じ内容に辟易しさえします。
 ところが、この『本気で小説を書きたい人のための~』はひと味違います。「お約束」も書いてはあるのですが、そんな一般論だけで終わりません。

 本書の最大の特徴は、プロの小説家、書評家、編集者といった小説に関わる人々の生々しい声が収録されていることです。
 現場の生々しい声は他の類書にそう書かれていることではなく、さすが『ダ・ヴィンチ』だと感心せずにはいられません。

 そのラインナップを列挙します。

【小説家】
○わたしがはじめて小説を書いたとき
 金原ひとみ/瀬尾まいこ/滝本竜彦
○わたしはこうして作家になりました
 いしいしんじ/岩井志麻子/浅田次郎/石田衣良/倉坂鬼一郎/
 藤田宜永/藤野千夜/松本侑子/山本文緒
○わたしはなぜ文学賞を目指したのか
 中島たい子/川﨑愛美
○実力派作家が明かす「私の禁じ手」
 高村薫/島田雅彦
○巨匠・筒井康隆の小説作法

【書評家】
○人はなぜ書くのか?
 福田和也/清水良典
○メッタ斬りコンビの新人賞傾向と対策
 大森望×豊﨑由美
○メッタ斬りコンビの新人賞作家ダービー大予想
 大森望×豊﨑由美

【編集者】
○文芸編集者匿名座談会
 よい原稿とダメな原稿はココがちがう!

 「生の声」だけでもこれだけ詰め込まれています。小粒な記事から大粒記事まで取りそろっています。どれも充実の内容です。豪華です。お得感に満ちています。そうそう存在しえるものではありません。

 加えて指摘しておくと、「新人賞」をフォローしているのは、指南書として重要な意味を持っています。つまり、小説を書くためのノウハウだけでなく、プロとしてデビューするための応援を具体的にしてくれているのです。
 その姿勢は、「作家デビューの5つのルート」と表して、1つだけではないデビューの方法を列挙していることにも表れています。

 繰り返しますが、さすが『ダ・ヴィンチ』!と思うのです。

 この本に掲載されている数々の「べからず」を読むだけでも、勉強になります。「小説」という枠だけでなく、「表現」を生業とする人には参考になること間違いありません。
 小説家指南書としてぜひ読んでおきたい1冊です。普通の指南書に飽き飽きしている人にもお勧めです。

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ブルーバックス『「食べもの神話」の落とし穴』

著者:高橋久仁子
発行:講談社

 

「○○の驚異的なダイエット効果!」
「○○を1日に1粒摂取するだけで健康な体が保てます!」
「○○を飲んでサラサラ血液になろう!」

 テレビやCM、雑誌などを見ると、上のような広告をしばしば目にします。科学的な裏付けがあるものから、眉唾なものまで玉石混交です。
 食べ物や栄養素による健康・美容への影響を過大に評価したり、過大に誇示、または過大に信奉したりする態度(逆に過小する場合も有)を「フードファディズムfood faddism)」と呼びます。
 この本は、世にはびこる「フードファディズム」に警鐘を鳴らした本です。

 ここに告白します。
 この本の読み始め、最悪の印象を抱いていました。3分の2、ないしは4分の3くらいまでは、読むのやめてしまおうかと迷っていました。でも、イライラしながらも読みました。
 この本に書かれているのは、「フードファディズム」に陥らないように啓蒙する内容です。当然、世の中に出回る「フードファディズム」を槍玉に挙げ、それを否定しています。
 この「槍玉に挙げて否定してみせる」態度が問題なのです。その態度はあたかも「モグラたたき」。ただただ「こんなの根拠がありません」と叫ぶ――穴から出てくるモグラを虎視眈々と狙い、片っ端からハンマーでたたく――姿が、滑稽にしか映らなかったのです。

 その滑稽さは「素人っぽく」見えてしまう書き方に起因しています。
 「フードファディズム」を否定することは、「バランスのよい食事を摂る」ことに帰着します。至極真っ当な結論です。特別でも何でもない誰でも思いつく結論です。この結論に着地するためには他の尖った部分――フードファディズム――を攻撃すればいい。当然の発想です。
 誰でも思いつきそうな発想を何の工夫もなくやってみせる。これが「素人っぽく」見えてしまうのです。
 しかも質が悪いのが、論じている内容は「世の中の事象を否定する」ことだけ。否定して攻撃するだけならば何も生み出していません。そこには創造がありません。その創造性のなさが、なお一層「素人っぽさ」を際立せます。

 さらにダメ押しのように印象を悪くしている要素が存在します。それは論拠を書いていないこと。
 「○○は体にいい」なんて言っている輩がいるけど、そんなの幻想! ○○だけで健康になれるなんてありえない!――ずっとこの調子です。「ありえない」とはさすがに書いてはいませんが、語気はこんな調子。「素人っぽさ」丸出しです。

 最後の最後になって、この「素人っぽさ」は誤解であることがわかります。むしろ、玄人が過ぎている印象を受けました。

 著者の高橋さんは、「フードファディズム」と疑わしき広告をかつてより収集しているそうです。本書の後半に、昭和60年代からの、いわゆる「○○ダイエット」と呼ばれるダイエット法が列挙されています。その数、なんと148種類!
 数にも驚きますが、収集してみせる執念にも驚きます。
 こういったダイエット法に対して、その広告主や提唱者に電話問い合わせをした様子が描かれています。広告で語らざる部分にカラクリがあることを明確に暴いています。

 また、「フードファディズム」ではない、「バランスのよい食事」を例示しています。具体的なデータを挙げながら、作例の注意点を丁寧に解説しています。
 これは実に創造的な仕事です。

 世の中の「フードファディズム」は、効果が疑わしく根拠もない。著者の高橋さんにとって、この結論は、長年にわたる調査と研究で到達したからこそ揺らぎないものなのでしょう。
 長い年月をかけて到達したからこそ、その途中の課程が省略されて、結論にショートカットできてしまう。「素人っぽさ」あふれる書き方は、実は玄人の技なのでした。
 数学における証明で、数学者が「明らかに……」「同様にして……」と書いてしまう感覚と似ているのかもしれません。プロの数学者にとっては「明らかに」「同様にして」ショートカットできるのです。

 調査しているのか、論拠はあるのか。そういった疑念を抱きながらこの本を読む必要はなさそうです。玄人の技に裏打ちされています。大丈夫です。安心して読んで構いません。
(だからといって、すべてを鵜呑みにしていいわけではありません。充分調査済みなのだけど、首をひねりたくなる結論も見受けられました)
 とはいっても、読み手に優しい書き方はあるはず。著者である高橋さんには、次回作では、読み手を不安にさせない書き方をしていただければと思います。一読者からのささやかな願いです。

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中公文庫『新星座巡礼』

著者:野尻抱影
発行:中央公論新書

 

 夜空に浮かぶ星座。星座や星の見つけ方、ならびにそのエピソードを解説した本です。
 しかし、ただの解説書ではありません。
 それはまるで「星の詩(うた)」。詩を詠うごとく綴られた言葉は、読者を異世界へと誘います。蛍光灯の下で文字を追いかけていても、気分は星空の大地の下。文学作品を読んでいるような心地です。

 著者は野尻抱影。明治から大正・戦争期を経て、昭和を生きた人物です。中学時代、星の魅力――特に、そのときに見たオリオン座の美しさ――に惹き込まれ、生涯に渡って星の魅力を伝えてきました。

 マンガ『宙のまにまに』や、その著者である柏原麻実さんの著書『宙のまにまに 天体観察「超」入門』でその存在を知り、今こうしてこの本を読むに至っています。

 野尻抱影が亡くなって30と余年。
 亡くなった平成の世でも、その著書が残っていて、自由に読めるという状況に喜びを覚えます。天文分野では「古典」ともいえる存在ですが、「古典」として生き残っている事実は、すなわち、野尻抱影という存在の偉大さを指し示している証左でもあります。

 僕などは『宙のまにまに』などで感化されて「にわか天文ファン」になったわけです。きっと僕のような「にわか天文ファン」もいることでしょう。
 こうして生まれた「にわか天文ファン」は、時にその世界を広げる行動をとります。夜空を見上げきらめく星を眺めたり、プラネタリウムで星のロマンに感動したり、天文関連書を読んで雄大な世界の存在を知ったりします。
 こんな「にわか天文ファン」が日本の天文書の古典であり原点である「野尻抱影」に触れるのは、決して小さくない経験であると思うのです。「にわか」から脱出するきっかけになりえます。

 野尻抱影は亡くなっていても、その著書は生きています。僕らに残された「自由」に感謝を抱きつつ、他の著書で再び異世界へと飛び立ちたいです。

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2009年9月18日金曜日

『ゲームホニャララ』

著者:ブルボン小林
発行:エンターブレイン

 

 コラムニストであるブルボン小林さんによる「ゲーム評論」第2弾です。『週刊ファミ通』に連載しているコラムを厳選・加筆し、再び編集を加えたものです。

 この『ゲームホニャララ』には懐かしいゲームが数多く登場します。メジャーなものからマイナーなものまで多岐に渡ります。けれども、(本文で強調している通り)「懐古」に浸っているわけではありません。
 ゲームに当たるスポットライトの角度を変えれば、壁に映る影は変化する。光の絶妙な当て方と、そこから生じる影を教えてくれているのです。立方体から正方形や長方形の影が生まれるだけでなく、正六角形の影ができるという「意外性」が面白いのです。その「意外性」には面白さや驚き、時には感動をも孕みます。
 そんな「意外性」はまだ語り尽くされてはいない、とブルボン小林さんは述べています。

 例えば、こんな内容のコラムが掲載されています。
 「マリオ」の生みの親である宮本茂さんがフランスの「シュバリエ勲章」を授与した話題から口火が切られます。以下はそのコラムの要約です。

 ゲーム好きにとって「マリオ」が偉大なゲームであることは当然の事実。けれども、その偉大さを、ゲーム業界の「外」の「誰か」が称えてくれたことを、ゲームファンは喜ぶべきである。同時に、マリオを上手に面白がった我々も評価されたともいえる。とりもなおさず、ゲームが、映画表現などと比べ「能動的」な表現だからである。

 ゲームが持つ「能動性」に注目し、宮本茂さんの勲章授与を我が事のように誇ってもいいのだ、と論じるコラムです。ここに着地するその視点だけでも唸らされるのですが、ゲームの能動的に面白がることを喩えた次の比喩が慧眼です。

 最初のクリボーはいつだって上手に踏まれることを待ってる。「我々に」だ。
(p.136より引用)

 明示されはいませんが、初代『スーパーマリオブラザーズ』のクリボーを指しているのしょう。
 このクリボーを、ルール(横からぶつかってははいけない、上から踏むと倒せる)に気付かせるための「チュートリアル」の視点で語る論調はよく見かけます。けれども、このクリボーを「ゲームを能動的に面白がる」象徴として評価したものは見たことがありません。クリボーに当たった光は、意外な影を映し出しているのです。

 かねてよりブルボン小林さんの著作を読んできました。読む度に、その洞察力・考察力・発想力にうならされます。
 小説やマンガ、音楽や映画、そして、ゲーム。こういった数々の「事物」にふれて感情が揺り動かされた、まさにその瞬間を逃さないのでしょう。「面白い」とか「なぜだ」とか「すごい」とかの心の動きを引き起こした原因を追いかけ、その原因を言語化してみせる。その技術に賛嘆するばかりです。

 最後に「あとがき」から僕がグッときた1文を引用して締めくくります。この一言にグッときたならば、ぜひこの『ゲームホニャララ』を手に取ってみることをお勧めします。たとえ、ゲームを嗜むことがない、としてもです。

 僕の好きな誰かに、僕の好きな世界(ゲーム)に触れてほしいのだ。
(p.222より引用)

■自分の読書記録よりブルボン小林(長嶋有)さんの本

○『電化製品列伝』(長嶋有・名義)
 小説(など)に登場する電化製品に注目した、長嶋有さんによる世にも珍しい書評です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_04_01_archive.html#1481613097179981111

○『ぼくは落ち着きがない』(長嶋有・名義)
 高校の図書部に所属している主人公・中山望美が他の部員と過ごす学校生活を描いた小説です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#3142205083152618921

○『ブルボン小林の末端通信 Web生活を楽にする66のヒント』(ブルボン小林・名義)
 Webにまつわるくだらない話を本気で語ったデビュー作。「くだらない」かもしれないけど、対象を見つめる考察力は存分に発揮されていて、「考えるヒント」に満ちています。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#731166607335799412

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岩波アクティブ新書『子どもと始める囲碁』

著者:安田泰敏
発行:岩波書店

 

 この投稿のいくつか前に『子どもを育てる碁学力 「ヒカルの碁」から始める教育術』を紹介しました。ジャンプで連載されていた『ヒカルの碁』を引き合いに出し、囲碁の教育的価値を解説した本です。その本の紹介の中で、内容的な不満を書き記しました。その不満とは
「教育的観点から囲碁を勧めているのに、子どもを囲碁に導くための声かけや手順・コツが書かれていない」
ことです。

 こんなことを書き記した数日後、この『子どもと始める囲碁』に出会いました。結論から書けば、タイトルに恥じることのない充実した内容でした。出会って正解。大満足です。

 著者である安田泰敏さんはプロ九段の実力者です。そして、全国の教育施設や養護施設を精力的に巡り、囲碁の魅力を子どもたちに伝えています。その数、子どもだけで10万人以上というから脱帽です。
 この本には、実践から生まれたノウハウが詰まっています。

 1つ1つのノウハウも本当に素晴らしいのですが、安田さんを貫く「信念」めいた姿勢がそのノウハウなんかよりはるかに素晴らしいのです。その信念とは「とにかく褒め称える」ことです。そして、「教えすぎない」ことです。

(以下の内容は、囲碁のルールを知っていることを前提にした書き方になっています。ルールを知らない人は雰囲気だけ読みとるか、ここなどでルールを先に学んでから読んでください。)
 本書の中で「五歳の幼児でも、1分も教えたら囲碁大会ができます」と述べています。その1分で教える内容というのが、どうも
 ・石は線と線の交差点に打つ
 ・黒、白、黒、白、……と交互に打つ
 ・周りを石で囲んだらその石を取れる
という3つのルールだけです。そして、「先に石を1個でも取った方が勝ち」という勝負をさせます。

 1個の石を囲むのには4個の石が必要ですが、2個隣りあった石を囲むには(1個のときより2個増えて)6個の石が必要です。石を取られないようにするには、石をつなげていくのが基本戦略です。囲碁を知っている人には当然の事実ですが、このことを「あえて」教えないようです。自分で発見する余地を残しているのです。
 子どもたちは勝ちたいが故に自力でこの事実に到達します。その瞬間を逃さず「褒める」。それもオーバーにです。本書の中には、しばしば「これができたら天才!」という記述が見られます。

 大人は先に生まれたがために、つい教えすぎてしまうことがあります。それは、先達から知らざる者への伝授です。この「余計な伝授」のせいで、子どもたちを褒めるチャンスを失っています。「余計な伝授」が芽を摘んでいる可能性を孕んでいることをもっと僕らは自覚すべきでしょう。
 本書でそのことに気付かされました。
(その本が1つのテーマについてのみ書かれていたとしても、その本が良書であれば、そのテーマだけに収まらない普遍性を持っているものですね。しみじみと感じさせてくれました。)

 「教えない」といえば、幼稚園児に禁じ手を伝えるエピソードがユニークでした。教えるのではなく、その合理性に気付かせる。教えてしまうのは必ずしも万能ではないことが、よくわかります。ネタバレしたくないので、ここには詳しくは書きません。顛末は本書の52ページで確認してください。

 こうやって喜びと発見を積み重ねて、少しずつステップアップします。9路盤で打てるようになるまで導いていくのです。よく考え込まれた導入の道筋は「アッパレ!」の一言に尽きます。

 「子どもに囲碁を教えたいけど、どう教えたらいいのだろう……」と考えている大人にはこれ以上ない絶好の1冊です。
 その子どもにとって「初めて」は1回しか存在しません。その1回を大事にするためにも、こういった本で予習しておくことは有意義です。囲碁の指導を一から始めたい人にお勧めです。
 もちろん、「今まで囲碁をしたことがないけど、子どもと一緒に囲碁を初めてみたい」人にもお勧めできます。むしろ、初心者が囲碁のルールを学ぶのにわかりやすい記述となっています。ルールを知っている人が読むと冗長な感じがするくらいに丁寧です。

 以前紹介した『子どもを育てる碁学力 「ヒカルの碁」から始める教育術』で囲碁の教育的意義を知り、この『子どもと始める囲碁』でそのスタートを切るのがいいでしょう。
 素敵な囲碁ライフを送れますように!

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『ラブコメ今昔』

著者:有川浩
発行:角川書店

 

 この抜群の安定感、抜群の安心感といったらたまりません。

 今まで有川浩さんの本を何冊も読んできました。『阪急電車』で出会い、『図書館戦争』シリーズは「別冊」まで含め6冊読破、短編集である『クジラの彼』も読みました。途中ヤキモキさせる場面があっても、着地点は必ずハッピーエンド。
 確か『ダ・ヴィンチ』でのインタビューだったと記憶しているのですが、こんなことを語っていました。自分の生み出したキャラクターには皆、幸せになってほしい。そんな内容の発言です。
 この有川さんの姿勢を、僕は「絶対幸せ主義」と密かに呼んでいます。

 そんな有川さんが書いた『ラブコメ今昔』。これは6本の小説が収められた短編集です。
 その1本目が、まさに『ラブコメ今昔』という表題の小説。二等陸佐・今村和久を主人公とする物語です。そんな今村の元に広報自衛官・矢部千尋が取材を申し入れます。取材内容は「ナレソメ」。「ナレソメ」なんて恥ずかしくて話したくない今村が千尋から逃げ回ります。今村と千尋の攻防をめぐる物語です。途中で語られるナレソメ話も素敵だったのですが、物語の締めである着地地点に衝撃を受けました。着地地点であるハッピーエンドの中身が想像の上を軽く飛び越えていったのです。読み直してみれば、結末を示唆する記述内容もあったのですが、初見ではまったく気付けませんでした。

 ハッピーエンドであることが約束されているいるのに、驚きがある。いわば、安定に守られた(ポジティブな)裏切りです。安全であることが保障されたジェットコースターみたいなものでしょうか。トンネルを抜けたら素晴らしい景色が見えるのだけど、期待をはるかに越える素晴らしさだったときの驚きでしょうか。(う~ん、いまいちな喩え……)
 ハッピーエンドが約束されている以上、展開はある程度予想ができます。これは仕方のないことです。けれども、それであるにも関わらず驚きがある。予想の上を行く。何気ないようで、すごいことです。

 小説やらマンガやらストーリーにあるものをいろいろと読んできた中で、こういう驚きを味わった経験はなかったように思います。物語の可能性の大きさをまた1つ気付かされた一件でした。


○過去の投稿記事より
 年月が経るごとに長分化しているので、昔のはあまりにも書いてあることが少ないです。

・『阪急電車』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_04_01_archive.html#5200062977122927294
・『図書館戦争』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_05_01_archive.html#2702532546286127559
・『図書館内乱』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#1426855867102641301
・『図書館危機』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#7175300109289873367
・『図書館革命』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#1048603734344178558
・『別冊 図書館戦争I』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_06_01_archive.html#6303529040333743688
・『別冊 図書館戦争Ⅱ』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_08_01_archive.html#3539274180569091079
・『クジラの彼』
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2008_12_01_archive.html#3724386376183350190

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講談社現代新書『調べる技術・書く技術』

著者:野村進
発行:講談社

 

 ノンフィクション作家・野村進さんによるノンフィクションを書くための手引きです。テーマ設定から、情報収集の方法、インタビュー、実際の執筆まで取り上げられていて、その範囲は準備から完成に至るすべてのプロセスが書き尽くされています。それこそ「当たり前」レベルの常識といわれる範疇のことも丁寧に書いてあります。
 ノンフィクションライターを目指さなくとも、文章で生計を立てていこうと考えているならば、一度は目を通しておきたい本です。

 そんな本書の中でいくつも目を引いた記述があったのですが、特に目を引いたのは次の箇所です。引用します。

 たとえ、読者に強く訴えたいテーマが書き手にあったとしても、テーマをテーマとしてそのまま提出すると、まず間違いなく失敗作になる。そうではなくて、登場人物たちをいかにいきいきと描くかに腐心したほうが、結果としてテーマも自然に浮かび上がり、読者の胸に届けられるのである。
(p.147より引用)

 登場人物をいきいきと描くことへの注意は、図らずもフィクション作家も同様の内容をを述べていました。その作家とは、小説家であり脚本家でありマンガ原作者でもあるあかほりさとるさんです。自身の著書『オタク成金』で、エンターテイメント小説にとって一番重要なのはキャラクターで、そのキャラクターを活かす魅力的なシーンを描かねばならない。魅力的なシーンがキャラクターを魅力的にする、と述べています。
 いきいきと登場人物を描くこと。ノンフィクションとフィクションとに共通して、魅力ある登場人物が読者を惹き付け、テーマを明確にするといいます。この意外な共通点に驚きを覚えました。
 『調べる技術・書く技術』の中には、著者・野村進さんの手による短編ノンフィクションが3本収められています。3本のどれにおいても、確かに登場人物をいきいきと描いています。喜び・悲しみ・戸惑いといった感情、置かれた状況や背景。そんなことがひしひしと伝わってきます。リアル感を醸し出し、テーマが鮮明になっています。

 「手引き」部分も相当に素晴らしいのですが、実例としてあげられた短編ノンフィクションに感銘を受けました。本格的なノンフィクションを読んだ経験がなく、今までノンフィクションの素晴らしさを知りませんでした。本書を通じて、その素晴らしさを知ることができました。この点だけ取り上げても、僕にとっては収穫でした。
 作家を目指す人も、そうでない人も、読む人それぞれの収穫がある本です。お勧めです。


○過去の投稿より『オタク成金』
 上の書き込みで話題にした本です。エンタメ作家を目指すならば、ぜひ読むべき1冊です。
 http://bookdiary-k.blogspot.com/2009_05_01_archive.html#4707665468373940619

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『子どもを育てる碁学力 「ヒカルの碁」から始める教育術』

著者:吉田直樹
発行:集英社

 

 一言で書けば「囲碁は教育に有益だから、子どもに囲碁をやらせよう!」。こんな内容の啓蒙書です。
 1998年から2003年まで(10年以上前!)漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』に『ヒカルの碁』というマンガが連載されていました。『ヒカルの碁』は囲碁をモチーフとしたマンガ。このマンガを引き金に「囲碁ブーム」が巻き起こりました。海外にも渡り、広く読まれる作品となりました。
 そんなブームを受けて、囲碁と教育を結びつけてできたのが本書です。

 身も蓋もない個人的な見解をはじめに述べてしまえば、「○○に効果がある」といった理由で囲碁や将棋・パズルなどを奨める風潮には否定的な考えを持っています。囲碁や将棋・パズルといったものはそれ自体が素晴らしく、楽しいものであって、効能があるからやるというものではありません。やってみて、その付加価値として効能“後”から“おまけ”でついてくるものです。主客転倒、甚だしい事態です。
 そんなことは言っても、「脳の働きを高める」ということが囲碁の世界へと導く“フック”になるのは悪いことではありません。フックは多いに越したことはありません。『ヒカルの碁』というマンガの存在が囲碁人数を増やしたのと同じようにです。

 “フック”の役割を持つものとして本書を読むと、残念なところが散見されます。フックになり切れていないのです。
 この『子どもを育てる碁学力』には、子どもに囲碁をやらせるメリットがデータを交えながら書かれています。しかし、そこから導かれるのは「別に囲碁でなくてもいいのでは」という疑問です。囲碁に限らず、将棋でもいいし、麻雀でもきっと同じ結論を導けてしまうのです。夢中になれるのではあれば、何でも構わないように見えてしまうのです。この本を手に取る層は、囲碁か教育のどちらか、あるいは両方に熱心な方ばかりでしょう。その点を考慮すると、この書き方は迂闊ではないかと思うのです。
 個人的な願いとしては、例えば、碁のプロが囲碁の世界へどのように導かれたのか、具体的な言葉やシチュエーションを読みたかったです。もちろん、本書に数例ばかり掲載されていますが、本筋とは関係のない「おまけ」扱いです。「具体的な言葉の掛け方」や「具体的なルール説明」の描写があると、なお生々しく、囲碁へと導けたと思うのです。
 囲碁に限らずどんな分野でも同じですが、一番エネルギーが必要なのは「始めの一歩」です。始めてしまって軌道に乗れば、あとは勝手に本人が勉強し始めます。だからこそ、「始めの一歩」を応援する記述こそ、本書に求められる役割、すなわち“フック”であったと思うのです。

 ……と、まあ、苦言を並べてしまいましたが、『ヒカルの碁』を知っている僕は、そんなこと抜きに楽しみました。この本は「ファンブック」でこそありませんが、マンガからカットも引用されていて、「ファンブック」の要素もある程度持ち合わせています。監修をつとめた梅沢由香里さんと原作者のほったゆみさんの対談も掲載されています。
 この『子どもを育てる碁学力』、教育書としてではなく「ファンブック」として楽しんでしまう読み方をお勧めします。


 ところで、巻末に『ヒカルの碁』関連書籍ラインナップが紹介されています。その点数にビックリ! 囲碁の関係者を中心として需要があるのでしょうね。以下に、その関連書籍を列挙します。

『ヒカルの碁 Boy Meets Ghost』

『ヒカルの碁 KAIO vs. HAZE』

『ヒカルの囲碁入門』

『ヒカルの碁勝利学』

『囲碁の知・入門編』

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