2009年6月24日水曜日

ちくま学芸文庫『πの歴史』

著者:ペートル・ベックマン
訳者:田尾陽一、清水韶光
発行:筑摩書房

 

 日本語版の初版が1973年というこの本。元々は『A History of π』(Petr Beckmann・著)として1971年にアメリカで発行されたものです。

 前書きにこのような文があります。

 私は歴史学者でもなければ、数学者でもない。だから私は、この物語を書くのにもっともふさわしいと強く感じたのである。(p.9より引用)
 このことから判断できるとおり、著者は数学を専門としていません。それがこの本の魅力でもあり、同時に欠点でもあります。
 魅力は何か。専門家ではないからこその脱線が楽しいのです。脱線というと語弊があるかもしれません。物語の幅が大胆に広く描かれている、と表現した方が適切かもしれません。
 欠点は何か。まどろっこしい証明や説明がたびたび登場するところです。そのかったるしさに「イラッ」とすることもあります。とんでもない間違いもあります(全体の文意を損なうほどのものでもありませんが、数学的に誤りがあるという程度です)。まあ、それにツッコミながら読むのも、またいいのかもしれませんが。

 『πの歴史』のタイトルにふさわしい内容です。数(数学)の萌芽から、古代文明における円周率の発見、ギリシア人の格闘、中世ヨーロッパの暗黒時代、偉大な数学者たちの登場、連分数展開や級数によるπの表現、無理数・超越数としてのπ、コンピュータによるπの計算、とπの歴史が順を追って追いかけられるようになっています。
 「πの歴史」は数学の歴史であるのと同時に、人類の歴史でもあります。もちろん数学の歴史のすべて、人類の歴史のすべて、などと大言壮語を語るつもりはありません。歴史の一側面です。これはまさに、「πの歴史は、人類の歴史をうつしだすちいさな鏡である」という「まえがき」冒頭の文が端的に表しています。

 コンピュータは人間の組んだプログラム通りにしか働かない、いわば、融通の利かない、知性のない(より正確に書けば、知性のなかった)装置であることを解説した上で、次のような言葉が続きます。心をつかんだ言葉です。

 私の言葉でいうならば、知性とは“新しい状況に適応する能力、あるいは、経験から学ぶ能力;すなわち、複雑な物事から本質的な要素をつかみとる固有の能力”である。(p.308より引用)
 新しいことを経験すること。これが知性に求められる「前提条件」です。その対極となる行動、例えば、「未知のモノをパスする」「決められたことしかやらない」「自分の知っている世界だけでぬるま湯につかる」「自分の意にそぐわないことには見向きもしない」。こんな行動は「知性ある行動」の前提すらクリアしない行動であるわけです。
 食わず嫌いをやめて、まずは試してみる。何事にもチャレンジして、そこから教訓を得る。ここから知性が生まれてくる。読んでしまえば当たり前のようですが、僕にとっては考えさせられた言葉でした。

 この『πの歴史』、専門家ではない外野から見た知己に富んでいます。数学の歴史を学ぶだけでなく、他にも考えさせられるヒントが詰まった本です。数学好きにしか見向きされにくい本でしょうが、そんな人が自身の世界の幅を広げるのにふさわしい1冊です。数学好きにおすすめしたい本です。

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アスキー新書『戦略PR 空気をつくる。世論を売る。』

著者:本田哲也
発行:アスキー・メディアワークス

   

 一流の売り手はここまで考えているのかと感心しました。

 モノやサービスなどの商品情報。インターネットでちょっと検索すれば、(誤解やゴシップ、誇大妄想も含めて)情報が簡単に手に入ります。複数の商品を比較・吟味の後ようやく購入に踏み切る(ことが手軽に可能になった)のです。「疑い深い消費者」の登場です。
 そんな中で「売れる商品」を意図的に作るのは難しいものです。

 著者である本田哲也さんは「戦略PRプランナー」として活躍している方です。
 本田さんは、商品の価値を訴える「広告」を打つ前に、商品のニーズを喚起する「PR」が必要だと述べています。この広告の前の段階のPRを「空気づくり」と呼んでおり、その空気づくりで促された消費者の認識を「カジュアル世論」と呼んでいます。つまり、「カジュアル世論」は、自然発生的ではなく意図的に作られた「空気」です。

 この本にはカジュアル世論の例が書かれています。永谷園の生姜シリーズ、部屋干し用洗剤、漢検DSシリーズ。実態調査から関心の矛先を探り、それに見合ってテーマを定めます。テーマにしたがって、気付いていなかったニーズを掘り起こし「カジュアル世論」を喚起します。そんな空気の中、広告を打つことで商品への魅力を高める。こんな事例が丁寧に書かれています。

 そんな中でも特に印象の強い事例が、オバマ現アメリカ大統領の選挙PRです。以下、引用します。

 彼ら(=オバマの戦略PRプランナー)はまず、「多くの人々が、アメリカ国民としての『誇り』は失っていないが、『自信』を失っている」という状況分析を、大規模な調査から導き出した。このことから、「自信を取り戻すには何かを変えなきゃ」という空気、「変化が必要」という世論を喚起することを決めた。そして、オバマを「その変革ができる人」として位置づけるという作戦だ。ここから、「Change」というキャッチフレーズが生まれた。この作戦は見事というしかないだろう。なぜなら、この方向にしたことで、「黒人」「経験不足」などの、ともすると不利に働きかねない要素を、逆に「差別化点」に変えてしまったからだ。「変化が必要」という空気が広がれば広がるほど、「Experience(経験)」を売りにしていたクリントンやマケインが劣勢になる仕組みだ。

 太平洋の向こうの国の水面下で、こんな壮大なPR戦略が行われていたというのです。「オバマ」という商品価値を高め、最大限売り込むための戦略。「見事」以外の言葉が見つかりません。

 説得して理解を求めるのではなく、共感を呼び納得してもらう。これが「空気を作り選んでもらう」ということなのだろうと思います。

 この本には、成功事例だけが並んでいるわけではありません。現代の消費者に対する考察、広告・PRとは何か、カジュアル世論を作るための技術についても解説されています。戦略PRに失敗した要因もまとめられています。

 広告業に携わる人だけでなく、営業マンや売場で直接的に消費者に販売している人、こんな人たちにもヒントになる本です。「戦略PR」の存在を知り、活用しようという姿勢がますます求められるようになるでしょう。
 この本は、そんな人たちへの指針となります。


○『明日の広告』
 本書で触れられている関連本。僕はまだ読んでいないのですが、触発されて読みたいと考えている本です。

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光文社新書『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字〈上〉』

著者:山田真哉
発行:光文社

 

 会計士、山田真哉さんの有名な1冊です。
 以前に『女子大生会計士の事件簿』シリーズを読んでいて、ミリオンセラーにもなった『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』も読んでいました。そこからかなりの時を隔てて、山田真哉さんの本を手に取ることになりました。
 正直な話、これだけ売れている本だから、いつでも手に入るだろうと手を付けないでいました。古くなってしまった本が本屋から消えていく現象を見ていると、読む順番を気にしてしまいます。タイミングが来たら読もう、ぐらいの構えでいました。

 この本で伝えられていることは「数字の力」です。ダイナミックな意味を持つ数字の力と、無機質な数字が醸し出す数字の力を解説しています。
 ビジネス雑誌で山田さんのインタビュー記事を読んだことがある人にとっては、おなじみの内容でした。タネを知っているマジックを見る思いでした。きっと僕みたいな人は少数派で、タネさえ割れていなければ興奮しながら読めるのではないかと思います。

 そんな僕が一番印象づけられたのは「あとがき」(※)でした。
 何でも前著『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の帯に「1時間で読めて効果は一生」と書かれていたのにも関わらず、1時間で読み切れないというツッコミが寄せられたそうです。そこで、この『食い逃げされても……』では、本当に1時間で読めるように心を砕いたというのです。
 新書というと2時間程度で読み切るのが目安ではないかと考えています。それにも関わらず、「1時間で読めて~」というのはアピールになったのでしょうか? 結果として大ベストセラーになったのですから、効果はあったのかもしれませんが、「新書が1時間で読める」という謳い文句には違和感を抱きます。
 この後、下巻に続きます。そちらはまだ読んでいなせん。読んでない時点でいい加減なことを書くのもどうかと思いますが、上下巻で2時間程度の分量なのではと勘ぐってしまうのは僕だけでしょうか? 図書館で借りて読んでいる僕にはあまり関係のない話ですが。

(※) 本当は「あとがき」ではないのですが、ネタバレになりかねないので、ここでは単に「あとがき」としておきます。

 近々、下巻も手に入れて読むつもりでいます。下巻のタイトルから察するにサプライズがあるのではと期待しています。楽しみです。


○山田真哉さんの本
 上でもタイトルを挙げた『女子大生会計士の事件簿』(1)~(6)と『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』です。

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