2009年7月4日土曜日

中公新書『小泉政権 「パトスの首相」は何を変えたのか』

著者:内山融
発行:中央公論新社

 

 小泉元首相の執り行った政治を、内政と外交との面から論じた本です。

 筆者である内山さんは小泉元首相を次のような特徴を持っていたと評しています。
 特徴の1つ目は、理性よりも情念で人々に訴えていた点です。これを「パトスの首相」と呼んでいます。キャッチフレーズとしてメディアに乗せられる「ワンフレーズ」。善悪の対立構図による「劇場化」。小泉元首相が活用したこれらの手法が、どれも人々に情念(=パトス)で訴えるものであり、わかりやすさと共に広まったのでした。
 2つ目の特徴は、官僚主導や事前協議などを廃しての「トップダウン」の政策決定です。

 小泉元首相は部下を持っていませんでした。いわゆる「派閥」を持たない政治家です。
 派閥があると様々なしがらみが生まれます。派閥同士で意見のすり合わせ。そこから派生する貸し借り。派閥の中での年功序列の昇進システム。時にはメリットもあるのでしょうが、同時にしがらみでもあります。
 また、派閥を持たない小泉元首相には、利益集団のしがらみからも解放されていました。各団体に慮る必要がなかったのです。

 だからこそ、小泉元首相は「トップダウン」の政治を行うことができました。また、派閥や政治集団ではなく一般の人々に伝わりやすい「ワンフレーズ」を好むことにつながります。

 この『小泉首相』を読んで、曖昧だった部分がかなり氷解しました。今、ここでは小泉元首相の「正」の特徴だけを書き記しましたが、本書には「負」の特徴も述べられています。功績も罪過も同列に描かれています。

 政局はドラマです。人の思惑が渦巻く世界だからこそ、単純ではない物語があります。そんな物語を覗くことができました。満足です。お勧めの1冊です。

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『娘と話す 科学ってなに?』

著者:池内了
発行:現代企画室

 

 大学教授が自分の13歳の娘に語りかけるというスタイルで「科学」とは何かについて論じています。著者である池内了さん自身が大学教授であり、科学者です。2人で語っているシーンそのものはフィクションですが、語られている内容には池内さんの想いが詰まっています。

 僕はこんな文章に共感を覚えました。部分部分、引用してみます。

父さんは、自分の研究をしっかりした上でないと本を書くべきではないと考えてきた。研究で自信がないと、自分の主張をきちんと述べたり、しっかりした内容の本が書けない、と思ってきたからだ。だから、あまり若い人には本を書くことを勧めないんだ。

やがて、「科学者だから」科学者でなければできないような書き物をすべきだと考えるようになった。大学の教師は、世の中の動きに対して常に批判的な態度を持っているべきで、それも科学者の立場から「言うべきことは言う」という責任を負っていると考えたからだ。

それ(=炭鉱のカナリア)と同じで、科学や技術に関連する社会的な問題について、注意を向けたり警告したりする。あるいは、科学者の目から見て「こうあるべきではないか」と問いかける、そんな仕事も大事だと思うだろう?
(以上、p.128~132から引用)

 池内さんの考える科学者の社会的責任です。プロフェッショナルだからこその視点があり、その視点から見えることを広く伝えるのは重要でしょう。同時に、若い科学者に対しての牽制も忘れていません。まずはプロとして自信を手に入れること。それが先なのだと明言しています。

 この本では「科学者の仕事」から始まって、「科学の生い立ち」「科学と技術の違い」「戦争と科学」「経済活動の中の科学」「地球環境問題」など科学を切り口に幅広いテーマを扱っています。
 「地球環境問題」で扱われている「地球温暖化」について、科学者らしい慎重な姿勢に好感を持ちます。巷にあふれる「誤解」に「勘違い」。そんな風評に「待った!」をかけています。

 小学生高学年~中学生に読ませたい本です。彼ら・彼女らにも読みやすいでしょう。今まで持っていなかった視野を与えられることでしょう。


○『娘と話す 地球環境問題ってなに?』
 この『科学ってなに?』を書いた池内了さんの続刊です。

○2009年7月の時点で「娘と話す」シリーズが10冊刊行されています。発行日順に列挙します。
 (1) 『娘と話す非暴力ってなに?
 (2) 『娘と話す宗教ってなに?
 (3) 『娘と話す国家のしくみってなに?
 (4) 『娘と話すアウシュヴィッツってなに?
 (5) 『娘と話す科学ってなに?
 (6) 『娘と話す哲学ってなに?
 (7) 『娘と話す地球環境問題ってなに?
 (8) 『娘と話す不正義ってなに?
 (9) 『娘と話す文化ってなに?
 (10) 『娘と話すメディアってなに?

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『「お約束」考現学』

著者:泉麻人
発行:実業之日本社


※左がソフトカバー版、右が文庫版

 コラムニスト泉麻人さんのエッセイ集です。
 「冷し中華、はじめました」に感じる夏の到来。クラス会で相手の名前が思い出せないときのバツの悪さ。エレベーターで思わず追いかける階数表示のランプ。タクシーで1万円札を出すときの申し訳のなさ。
 そんな「お約束」を集めた本です。「お約束」シチュエーションから話を派生させて、泉麻人さんのエッセイが展開していきます。

 軽い語り口ですいすいと読み進められます。その軽さが心地よいです。「ためになった」とか「役に立った」とかを求めると残念な気持ちになりますが、ライトな心地よさに浸るのも、またありでしょう。そんな心地よさを味わいたい人はぜひ。

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