2009年10月31日土曜日

講談社現代新書『漢字を楽しむ』

著者:阿辻哲治
発行:講談社

 

 読んだり書いたり作ったり……、肩肘張らずに漢字を楽しもうよと提案している本です。
 この本に限らず、阿辻哲治さんは著書の中で「漢字ウンチク」を散りばめて、漢字の楽しさを日頃から啓蒙しています。この『漢字を楽しむ』にもウンチクが散りばめられており、知識欲が満たされる楽しみにあふれています。
 ただ、この本はウンチクを述べるだけで終わらない、強い主張が込められています。

 見所は漢字のトメハネ問題を論じた箇所です。
 例えば、「環」という漢字。《口》の下にのびる《タテボウ》をトメるかハネるかという問題があります。こうしてパソコンや辞書での活字を見ると、間違いなくトメています。それを拠り所にして、「環」の《タテボウ》はトメなければならない、と厳しく指導する先生がいるというのです。
 こんな先生たちに対して、パソコンの活字や辞書の活字がただの目安、むしろデザインの都合でしかないことを丁寧に、かつ見事に喝破しています。

 はじめに示されるのは「環」の漢字の変遷。旧来はハネていたという証拠が並べられます。ところが、ある瞬間、トメられた「環」が生まれます。この誕生はある人が無意識に作り上げた「事件」であることが語られます。その語りは、まるで犯人をじわじわと追いつめる金田一少年のようです。
 そこで誕生した「トメ環」は、守る必要のない「環」でした。必ずしも拘束しない旨が書かれています。ところが、「右へならえ」の悪習で、日本で書かれる「環」の活字がすべてトメに変わっていきます。推理物ならば犯人は言うでしょう、「確かに筋は通っているが、俺がやった証拠がないじゃないか!」と。
 で、ここで提示される証拠。手書き文字で「環」を書くときには、ハネてもトメてもどちらでもかまわないと、(当時の)内閣が公示した文章を持ち出します。証拠を出された犯人。負けを認めるしかありません。

 この「環」を巡るくだりは読みごたえ充分。犯人が追いつめられる様を読むように興奮してきます。
 「環」問題の他にも「書き順」問題も取り上げられます。もちろん、導かれる結論は「書き順なんて指導のためであって、実際のところは自由だ」というものです。

 こうして、阿辻さんは教育現場に蔓延するいきすぎた漢字指導にメスを入れています。その原動力は「漢字は楽しむもの」という想い。楽しむのに阻害となるものは許せないという想いです。
 阿辻さんはその想いを次のように表現しています。

 枝葉の問題に拘泥したあげくに、「漢字は難しいから大嫌いだ」と感じる子どもが増えることだけは、絶対に避けてほしいものだ。
(本文p.149より引用)

 国語の先生に、ぜひ読んでもらいたい本です。特に、トメハネについて厳しい指導を「無自覚」にしている先生にこそ読んでほしい本です。
 また、国語の先生でなくとも、その漢字問題を快刀乱麻に解決する記述を読んでいけば、溜飲が下がるでしょう。いきすぎた漢字指導を受けた経験があればなおさらです。また、所々で語られるウンチクに耳を傾けるのもよいでしょう。
 立場を越えて、万人にお勧めできる1冊です。

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2009年10月25日日曜日

岩波新書『一億三千万人のための小説教室』

著書:高橋源一郎
発行:岩波書店

 

 わたしが、この「小説教室」でやりたかったいちばんのことは、あなたに、ことばというもののすばらしさをもっと知ってもらうことでした。
(「ぐっと短いあとがき」より引用)

 「小説教室」を読んでいるはずなのに、いつのまにやら小説を読んでいる心地がしました。

 タイトルに「小説教室」とありますが、「小説の書き方」を教えてくれるわけではありません。「続きが気になる書き出し」も「ハラハラさせる展開」も「心に残る締めくくり」も教えてはくれません。
 なのに、なぜか、小説が書ける気分が起きてきます。

 本文で語られるのは、「小説の書き方」より、むしろ「小説の読み方」です。いや「小説ガイド」、もしくは「小説観光案内」という方が正しいかもしれません。観光地を紹介するように引用される小説の数々。ただ観光地を羅列するだけでなく、見所をおさえたガイドです。この小説群をガイドと共に読んでいくうちに、今まで培ってきた「小説観」が崩れてきます。いちど徹底的に小説観を崩し、「小説とは何か」というところから再び建て直す。
 言葉にならぬ「小説観」が自分の中に生まれます。それがこの『小説教室』の面白さであり、愉快なところです。

 教えてはくれませんが、間違いなく、この本は「小説“教室”」です。

 本や雑誌、ラジオなど各種メディアで紹介されて興味を持った本です。紹介されるのもうなずけます。紹介することで自分のステータスが上がるような、そんなセンスの良さがあります。「いい仕事をしている隠れた名店を見つけた自分ってスゴイ!」という気分にさせてくれます。
 良質の小説を読むように一気に読めてしまいます。小説を書くつもりがなくても、小説を読むのが好きならば、新しい視点を手に入れるチャンスです。おすすめです。

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『中学時代にしておく50のこと』

著者:中谷彰宏
発行:PHP研究所

 

 「中学生版・生き方指南本」もしくは「中学生版ハックス」といった本です。

 こういう本を手に取るであろう中学生を想像するに、真面目な性格をしているか、自分は周囲の人間とは違うと孤独にさいなまれているか、本の形をしていれば手当たりしだい何でも読むという性格の持ち主か、そういったところではないでしょうか。
 そういう中学生にとっては福音の書になるかもしれません。
 「キミはキミのままでいいんだよ」
とエールを送ってもらえる気分になるからです。

 中学生自身がこの本の存在に気づき、手にとってエールを受け取れれば理想的なのですが、そううまく出会えるとは限らないでしょう。
 だからこそ、悩める中学生に対して周囲の大人がスッと差し出す――それも、絶妙のタイミングで――というのが理想的でしょう。親であるとか教育に携わる大人こそがあらかじめ読んでおく必要がある本だと感じました。

 ああ、ちなみに、大人が読んで面白いかというと、残念ながら大半の大人にとっては退屈すると思います。その点が不満でした。
 大人が読んでも納得できるくらいのものを欲している気がするんですけどね、こういう中学生は。

 なお、『高校時代にしておく50のこと』という本も出版されたようです。こちらも機会があればチェックするつもりです。

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『脳の中の身体地図 ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ』

著者:サンドラ・ブレイクスリー、マシュー・ブレイクスリー
訳者:小松淳子
発行:インターシフト

 パソコンの画面をスクロールしようとマウスを操作する。画面に映った文字を読む。「ふーむ、なるほど」と唸ったり「なんだ、これは!」と腹を立てたりする。コーヒーを飲もうとマグカップに手を伸ばす。あまりの熱さに手を引っ込める。コーヒーの香りと味わいを楽しむ。……。
 どこにでも広がる日常の1コマ。五感で感じ、思考し、行動する。こんなとき、いつでも脳の中の「ボディ・マップ」がはたらいています。

 外部からの刺激と体から発生する反応が起きるたびに、脳の中の特定の箇所に信号が送られています。
 寒いと感じれば、寒さを感じる専用の箇所に信号が送られます。首を回せば、首を回す専用の箇所に信号が送られます。サッカーボールを蹴り出せば、足の筋肉だったり、バランスをとったり、方向を確認したりしている専用の箇所に信号が送られます。
 どんな刺激や反応に対しても、脳の特定の場所に信号が送られます。「刺激・反応」と「脳への刺激」がそれぞれに対応しているのです。刺激・反応と脳の各部位を対応させた「地図」。これが「ボディ・マップ」です。

 ボディ・マップは実にバラエティ豊かです。ボディ・マップと一口で言い切れないくらい多様な種類と役割が当てられています。体表のマップ、筋系のマップ、意図のマップ、行動する能力のマップ、周りの人々の行動と意図を自動的に追跡して列挙するマップなんてのも存在します。

 多様なはたらきをするボディ・マップ。ボディ・マップの考え方を応用すると、以下のような事象・現象が解説できてしまいます。

○レーシング・ゲームで遊んでいて思わず体が傾いてしまう。
○3Dゲームをやっているときに感じる3D酔い。
○「だって、あの子の方が強くぶったんだもん!」という子どもの喧嘩。
○体に触れなくとも、くすぐる真似をするだけで笑ってしまう子ども。
○他人のあくびが移る。
○冷やすと収まる痛み(←実は錯覚)。
○「女の勘」に代表される、他人の嘘を直感で見破る能力。
○効果のない薬(偽薬)であっても、もっともらしく投与することで効き目があるプラシーボ効果。
○実際の練習にも劣らないイメージトレーニングによる効果。
○悲しい映画で主人公に感情移入し、思わず涙する。
○どうしても色眼鏡で物事を判断してしまう。
○好調と不調の波を繰り返しながら新しい技術を身につける。

 これでもほんの一部です。一言で伝えやすい事例から印象深いものだけ並べました。
 こういった事象・現象がボディ・マップで裏付けられてしまうと、いい意味での「あきらめ」が生まれます。ボディ・マップがはたらいているのだから仕方がない、といった感情です。だからこそ、ボディ・マップのはたらきを前提として物を考え、行動を起こすことが可能になります。他人に対して許容できるようになります。
 また、こうした事例を読んでいると、「○○もボディ・マップで説明できるのでは?」と頭が思考を始めます。事例を思い浮かべて検証していきピタッとはまったとき、何とも言えぬ快感を感じます。その快感は普通の読書では味わえない、贅沢なひとときでした。

 すばらしい本なのですが、1点注意があります。それは“痛い”表現がたびたび登場することです。ひどい表現が使われているというのではなく、ホラーとかスプラッタとかの文字通り“痛さ”を感じる表現です。
 文中で病気や怪我の事例がしばしば、むしろ頻繁に登場します。描写が生々しく、読んでいる僕自身、体がムズムズしてきました。生々しい“痛い”表現が苦手な人は、読むのが辛いかもしれません。僕はここで読むスピードがグッと落ちました。
(ちなみに“痛い”表現を読んで痛みを感じるのも、ボディ・マップのせいだとか。)

 DNAの発見は生物学に大きな功績をもたらしました。同様に、ボディ・マップは心理学に大きな功績をもたらすだろうと言われています。ボディ・マップを知ると、心と身体は切り離せない。つまり、互いに影響しあっている存在であることが非常によくわかります。
 この『脳の中の身体地図』では、ボディ・マップを通じて、心と身体の仕組みを紐解いています。
 ボリュームはあるし、専門用語は出てくるし、“痛い”記述があるわで、読み切るのに骨が折れます。それでも、この興奮体験はなかなか味わえるものではありません。「自分だけの秘密を知ってしまった」興奮です。そんな興奮を味わいたいならば、ぜひお勧めの1冊です。

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生活人新書『一滴の血液で体はここまで分かる』

著者:奈良信雄
発行:NHK出版

 

 血液内科学・臨床検査医学を専門とするお医者さんが書いた「血液」解説本です。タイトルの通り、一滴の血液さえあれば、健康状態・生活状況・潜伏中で発症待ちの病などが読み解けてしまうことを解説しています。

 タイトルでは「一滴の血液で~」と煽っていますが、それほど驚きの内容が書いてあるわけではありません。予想の範囲内です。こういった書物を初めて読むならば、物珍しさもあって楽しめるかもしれません。残念ですが、その程度です。

 強いて特徴を挙げるならば、独特の感性で綴られた比喩表現です。

 火事にたとえれば、大火になる前のボヤのうちに火事を発見し、鎮火できるのだ。いや、ボヤさえも予防できる。いわば血液検査は火災検知器なのだ。
(血液検査の重要性を語った文で)

 あたかも一寸法師を飲み込んだ鬼の胃袋がチクチク痛むようなものだ。
(異物を処理する白血球が炎症の原因となることを説明した文で)

 毎日三合の酒を飲み続けることは、肝臓がボディブローを休みなく受けているのと同じことなのだ。どんな強靱な肝臓だって、ヒーヒー悲鳴を上げて泣いているだろう。それを知らないのは当人だけだ。
(「俺の肝臓は強い」と豪語する酒飲みへの警告文で)

 家計を知るのに、ゴミを調べればある程度は推測できるだろう。だが、正確ではあるまい。ゴミを出し忘れることだってある。どこかよそのゴミ箱に捨てるかもしれない。家計を知るには、ゴミを作る大元の収入と支出を家計簿で調べる方が正確だろう。
(尿よりも血液を検査する方が効果的であることを語った文で)

 すべて1章から引用しました。唐突に挟み込まれる比喩にひるみます。しかも、伝えたい内容と比喩表現が若干ずれているのも、また面白さを際立てます。
 この比喩表現は一見の価値ありです。

 最後に不満を1つ。
 医学・健康系統の啓蒙書を読んでいますが、この本に限らずどれもこれも索引が付いていないのが不満です。
 医学を扱う以上、専門用語を登場させなければなりませんし、細かく項目を並べる必要もあります。読んでいる素人の立場からすると「あれ、何だっけ?」ということもしばしば。読者の立場に立ってみれば、索引をつけるのは当たり前だと思うのです。専門家目線の弊害が現れています。
 索引をつける手間。親切ではなく、当然のようにつける慣習が生まれてほしいものです。

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