2009年11月30日月曜日

『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』

著者:上田惇生
発行:ダイヤモンド社

 

 この『ドラッカー入門』を通読した今、この人物を形容するうまい言葉が見つかりません。どう紹介したら伝わるのか、キーボードを前にして困惑しています。

 ピーター・ファーディナンド・ドラッカー。1909年に誕生。2005年に惜しまれつつ95歳で鬼籍に入りました。生涯にわたって扱ってきたテーマは多岐にわたります。ドラッカーが扱ってきたテーマを本書に書かれたままに引用します。

社会・政治・行政・経済・統計・経営・国際関係・アメリカ・ヨーロッパ・日本・宗教・歴史・哲学・倫理・文学・技術・美術・教育・自己実現
(ixページより引用)

 尋常ならざる守備範囲の広さです。どの分野においても超一流だったといいます。観察力・考察力・表現力に優れ、数多くの著書・論文を生み出す原動力になりました。
 ドラッカーの多才さについて、この本の著者である上田さんは次のように表現しています。

 それら異分野のものが出会い、衝突し、合体し、融合し、爆発していたのが、ドラッカーの頭の中である。
(ixページより引用)

 ドラッカーは自分自身について、規制の学問体系による○○学者という自己規定をしない。いかなる分野も中心に位置づけることを嫌う。あらゆる分野が有機的に絡み合い、あらゆる分野があらゆる分野に関わりを持っているからである。そして、あらゆるものが無数の側面を持っているからである。
(xページより引用)

 ドラッカーが出版した書籍は各国の言語に訳され、どれもベストセラー。会社経営者や社長・経済の専門家といった限られた人物にだけでなく、医者・大学生・NPO職員・政府職員から一般のビジネスパーソンに至るまで愛読されています。
 当然、日本語版も販売されています。ほぼすべての日本語版の翻訳に携わっているのが、この本の著者である上田惇生さんです。ドラッカーのことを語らせたならば、他に右に出る者はいないといいます。

 さて、9月か10月の頃だったでしょうか。『ほぼ日刊イトイ新聞』でこのドラッカーが特集されました。「はじめのドラッカー」という名の特集です。上田惇生さんと糸井重里さんがドッラカーについて語り合ったものです。
 それまでもビジネス雑誌でドラッカーの名前はたびたび目にしていました。しかし、ドラッカーの偉業であるとか、功績であるとか、影響力であるとか、いまいちピンときていませんでした。その理由がこの本のおかげで氷解しました。雑誌の数ページの特集なんかでは、ドラッカーは語り尽くせないのです。ピンとこなかったのも無理はありません。

 『ドッラカー入門』が僕にとってドラッカー初接触となったわけですが、読み終えた今、この本を紹介していたほぼ日の記事に感謝しています。まさに「入門」にふさわしい内容でした。

 ドラッカーをたとえて言えば「名レストラン」です。そこで饗される料理、もとい言論の数々はどれも一流です。どれも名士に愛された折り紙付きの味。しかし、「どれも」というのは初めての客にとっては困惑の材料です。メニューを前に惑うばかりです。
 膨大に立ち並ぶメニューの中から初心者向けのおすすめを紹介しているのが『ドラッカー入門』です。それはまるで良質の「グルメ番組」のようです。
 映し出される名店。おすすめのメニュー。繰り出される巧みなシェフの技。レポーターは料理を口に運び、巧みな言葉でおいしさを表現。こだわりと情熱を伝えたシェフへのインタビュー。付加されるお得情報。興味を持つ視聴者。足は思わず店へ。
 そんなグルメ番組のごとく、『ドラッカー入門』はドラッカーの魅力を伝え、初めての読者を誘うすばらしい本です。しかもただ1つの料理を紹介するだけではなく、いくつもいくつも料理が語られます。ドラッカーの奥深い世界を垣間見ることができ、さらに奥をのぞきたくなる欲求に駆られます。その意味でこの本は「宝の在処を数多く示した地図」であるとも言えます。

 ドッラカーの手がけた仕事があまりに膨大であるために、読者が興味を持つポイントはバラケてしまいます。裏を返せば、どんな読者にとってもドラッカーを活かすことができる、ということでもあります。
 僕自身、強く関心を抱いたのは「知識労働者」に関する記述です。組織内の知識労働者の割合が増加していく世の中にあって、かつての組織のあり方ではたちゆかないことが示されます。知識労働者個人としてのあり方、ならびに、知識労働者を束ねる組織のあり方。そんなことをドラッカーは著書の中で語っているようです。次に向かうべきはその方向と定めています。

 巷にあふれるハウツー本なんかでは味わえない興奮が味わえます。我が身の行動を振り返り、新たに決意や目標が生まれます。知的好奇心が刺激され、自分の中に思考のベースが新たに体系化されます。
 数多くの人にこの興奮を味わってもらいたいものです。おすすめです。


 巻末のドラッカーの著者紹介が壮観です。3~4行ずつで本の内容をまとめてあるので、次に何を読むかを決めるガイドとなります。本文と合わせて参考にするといいと思います。
 僕の目を引いたのは、次の4冊です。

(1) はじめて読むドラッカー〔自己実現編〕
 『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』

(2) はじめて読むドラッカー〔マネジメント編〕
 『チェンジ・リーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』

(3) はじめて読むドラッカー〔社会編〕
 『イノベーターの条件――社会の絆をいかに創造するか』

(4) はじめて読むドラッカー〔技術編〕
 『テクノロジストの条件――ものづくりが文明をつくる』

 早いうちに(1)(2)を読むつもりでいます。読後にはその記録をブログにアップします。

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『お笑い進化論』

著者:井山弘幸
発行:青弓社

 

 お笑い、特に漫才やコントといった舞台やテレビで演じられる笑芸のメカニズムを分析した本です。

 筆者の井山さんがお笑いのメカニズムとして挙げているのは、次の1点に集約されます。
 お笑いの演者は、観客が存在する「現実世界(R世界)」とは異なる「世界」を舞台上に生み出します。現実世界と反するこの世界を「パラレル・ワールド(P世界)」と呼んでいます。観客は少し引いた位置からパラレル・ワールドを眺めます。その距離が近すぎると当事者視点になってしまいます。程良く心理的に離れることで、鳥のような視点で眺められます。そのパラレル・ワールドが現実世界と比較対照されたとき「摩擦」が生じます。その摩擦こそがお笑いのメカニズムです。
 このメカニズムは時に変化します。あるパラレル・ワールドに対して、もう1段階上のメタ・パラレル・ワールドが作られることがあります。はじめのパラレル・ワールドを「P世界1」、メタ・パラレル・ワールドを「P世界2」と呼んで、区別しています。
 「パラレル・ワールド」と「観客との心理的距離」。この2つがお笑いを分析するキーワードです。

 本書の前半で実例を交えながら、こうしたメカニズムを導出しています。導出された後は、ひたすら実例に照らし合わせて理にかなったメカニズムであることが示されます。
 文章でこのようにまとめるとつまらなそうに聞こえるのですが、実際に引き合いに出されるのが「珠玉のお笑い」。決して飽きることはありません。むしろ、もっともっとと要求するようになります。

 その中でも「あるあるネタ」を解説した第4章には納得の連続でした。
 冷静に考えると「あるある」ではないのに、なぜか笑えてしまう。こんなナゾも氷解します。「あるあるネタ」自信が持つ構造に答えがあるのですが……、続きは本書を読んでぜひ感動を味わってください。

 原理とかメカニズムとか仕組みとか、裏に潜むカラクリを説明できないときが済まない人には絶好の1冊です。この『お笑い進化論』を読むと、お笑いの見方が深くなり、お笑いリテラシーが上がることは間違いありません。お笑いに興味があるならば、決して損はさせません。おすすめです。

 それはさておき、こういう文章が国語の入試問題で出題されたら、受験生は喜ぶでしょうね。まあ、緊張に包まれた空間では面食らうだけかもしれませんが。入試問題にふさわしくないのなら、模試で出題してもいいかもしれません。
 全国の国語の先生、チャレンジしてみませんか?

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生活人新書『料理で読むミステリー』

著者:貝谷郁子
発行:NHK出版

 

 著者の貝谷郁子さんは料理研究家でありフードジャーナリストでもあります。料理に関連した本を多数出版しています。料理への造詣が深いのはもちろんのこと、国内外のミステリーも愛好しているとのこと。
 そんな貝谷さんによる著書『料理で読むミステリー』は、海外ミステリーの食事風景にひたすらスポットライトを当てています。その数、26作品。食事の内容から主人公のマメさやいい加減さを読み取ったり、非日常感を感じ取ったりします。

 そんな中、12番目に挙げられているのが、アガサ・クリスティ「ミス・マープル」シリーズより『鏡は横にひび割れて』。添えられた見出しは「元気の素は英国式朝食」。
 沸騰した湯でいれた紅茶、正確に3分45秒間ゆでた卵、きつね色のトースト、添えられたバターとハチミツ。
 『鏡は横にひび割れて』でミス・マープルが食べる朝食の献立です。なんてことのないありふれたメニューですが、「沸騰した湯」「3分45秒」「きつね色」といったディテールが食欲を刺激します。そして、ミス・マープルが朝食を大事にしている様が伺えます。
 全編にわたって、こういった記述が繰り広げられます。

 見所は、ミステリー小説内に登場する料理を再現したレシピです。
 「松の実ライス」「シェリー風味のチキンスープ」「スパニッシュ・オムレツ」「レモンパイ」「ブラックオリーブ入りミートローフ」……といった料理の数々。フィクションで語られた料理が「レシピ」として現実のものになっています。そのレシピを読むだけでも唾液と胃液が湧き出ます。
 なんと、巻末には「料理INDEX」までもが! 著者・貝谷さんの力の入れようが伺えます。(「ミステリー一覧」も同じように巻末に掲載されています。念のため指摘しておきます。)

 貝谷さんのミステリー好き・料理好きぶりが、文字の合間合間からあふれでています。好物に囲まれながらウキウキして書き上げた貝谷さんの姿が浮かびます。
 海外ミステリー好き、料理好きは、ぜひ召し上がるべき、いや手に取るべき本です。

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