著者:阿辻哲治
発行:講談社
読んだり書いたり作ったり……、肩肘張らずに漢字を楽しもうよと提案している本です。
この本に限らず、阿辻哲治さんは著書の中で「漢字ウンチク」を散りばめて、漢字の楽しさを日頃から啓蒙しています。この『漢字を楽しむ』にもウンチクが散りばめられており、知識欲が満たされる楽しみにあふれています。
ただ、この本はウンチクを述べるだけで終わらない、強い主張が込められています。
見所は漢字のトメハネ問題を論じた箇所です。
例えば、「環」という漢字。《口》の下にのびる《タテボウ》をトメるかハネるかという問題があります。こうしてパソコンや辞書での活字を見ると、間違いなくトメています。それを拠り所にして、「環」の《タテボウ》はトメなければならない、と厳しく指導する先生がいるというのです。
こんな先生たちに対して、パソコンの活字や辞書の活字がただの目安、むしろデザインの都合でしかないことを丁寧に、かつ見事に喝破しています。
はじめに示されるのは「環」の漢字の変遷。旧来はハネていたという証拠が並べられます。ところが、ある瞬間、トメられた「環」が生まれます。この誕生はある人が無意識に作り上げた「事件」であることが語られます。その語りは、まるで犯人をじわじわと追いつめる金田一少年のようです。
そこで誕生した「トメ環」は、守る必要のない「環」でした。必ずしも拘束しない旨が書かれています。ところが、「右へならえ」の悪習で、日本で書かれる「環」の活字がすべてトメに変わっていきます。推理物ならば犯人は言うでしょう、「確かに筋は通っているが、俺がやった証拠がないじゃないか!」と。
で、ここで提示される証拠。手書き文字で「環」を書くときには、ハネてもトメてもどちらでもかまわないと、(当時の)内閣が公示した文章を持ち出します。証拠を出された犯人。負けを認めるしかありません。
この「環」を巡るくだりは読みごたえ充分。犯人が追いつめられる様を読むように興奮してきます。
「環」問題の他にも「書き順」問題も取り上げられます。もちろん、導かれる結論は「書き順なんて指導のためであって、実際のところは自由だ」というものです。
こうして、阿辻さんは教育現場に蔓延するいきすぎた漢字指導にメスを入れています。その原動力は「漢字は楽しむもの」という想い。楽しむのに阻害となるものは許せないという想いです。
阿辻さんはその想いを次のように表現しています。
枝葉の問題に拘泥したあげくに、「漢字は難しいから大嫌いだ」と感じる子どもが増えることだけは、絶対に避けてほしいものだ。
(本文p.149より引用)
国語の先生に、ぜひ読んでもらいたい本です。特に、トメハネについて厳しい指導を「無自覚」にしている先生にこそ読んでほしい本です。
また、国語の先生でなくとも、その漢字問題を快刀乱麻に解決する記述を読んでいけば、溜飲が下がるでしょう。いきすぎた漢字指導を受けた経験があればなおさらです。また、所々で語られるウンチクに耳を傾けるのもよいでしょう。
立場を越えて、万人にお勧めできる1冊です。
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